歓迎会の乾杯は配信中
支店の歓迎会で、津久田支店長は新人の綾部七海だけを立たせた。
「うちの伝統だ。新人は、自分がどれだけ役に立たないか宣言してから飲む」
会議卓には、客先向け配信で使ったカメラが残っていた。画面は黒く、会議は終わったように見える。
七海がグラスへ手を伸ばさないと、津久田は笑った。
「酒も飲めない、芸もできない。明日から皆、この子の電話は取らなくていいぞ」
先輩たちの前で、彼は七海の研修ノートを破った。昼には彼女の椅子を倉庫へ隠し、質問すれば〈歓迎されたいなら空気を読め〉と答えていた。
「勤務時間外でも、これは業務命令ですか」
「そうだ。拒否なら試用期間終了。録音もしていないから、好きに訴えろ」
津久田は自分でカメラの前へ立ち、グラスを掲げた。
「では乾杯。新人を一人泣かせて、支店の結束を――」
天井のスピーカーから、咳払いが聞こえた。
黒かった画面に、本社会議室が映る。客先向け配信は終了していたが、その後の支店懇親会は〈職場環境研修の観察〉として本社へ接続されたままだった。津久田自身が、研修実施報告を得るため予約した配信である。
画面の向こうに、人事役員と社長が座っていた。
『支店長。続きをどうぞ』
津久田はカメラの電源を抜いた。しかし壁面表示は消えない。配信装置には非常用電源があり、切断操作も記録される。
「演出です。新人の対応力を試す、研修の一部で――」
七海が破られたノートを拾う。最初の頁には、津久田が研修初日に書いた署名があった。
〈威圧、飲酒強要、私物破損を禁止する〉
七海はそれをカメラへ向けた。
本社側の人事役員が、支店の共有画面へ記録一覧を出す。椅子を倉庫へ移すよう命じた社内チャット、七海の電話を無視するよう指示したメール、今しがたの配信映像。どれも津久田のアカウントで残っていた。
『支店長権限で消せる!』
叫んだ声まで、本社の保存庫へ送られた。
社長が一枚の書面を読み上げる。歓迎会の乾杯より、ずっと静かな声だった。
『津久田邦彦。飲酒強要、業務妨害および継続的なハラスメントにより、ただいま懲戒解雇を命じる』