母より先に老いる
真砂野依織の息子は、仮想都市で暮らしていた。事故で身体を失った十三歳の意識を救うため、時間加速環境へ移したのだ。
現実の一時間が、内部では一年。治療法が見つかるまで主観時間を豊かに過ごせる、という説明だった。
依織は毎晩一分だけ接続した。息子にとっては六日ぶりの面会になる。最初は学校の話を聞いた。次には就職が決まり、その次には結婚相手を紹介された。
「お母さん、髪型ずっと同じだね」
息子は三十歳になっていた。依織は四十二歳のままだった。
面会の間隔を縮めるには料金がかかった。依織は仕事を増やしたが、息子の時間はさらに速く進んだ。借金を返す一か月の間に、彼は子どもを二人育て、妻を看取り、七十六歳になった。
依織の財布には、次の一分を買うための領収書が束になっていた。息子の人生は、その薄い紙の間を猛烈な速度で通り抜けていた。
サーバー停止の通知が来たのは、息子が九十三歳のときだった。旧式環境の維持終了。移住すると時間比率は現実と同じになるが、老化した人格は若返らない。
最後の面会で、白髪の息子は依織を「母さん」と呼ぶのをためらった。
「僕の方が、ずっと長く生きた」
「それでも、あなたを産んだのは私よ」
「覚えてないんだ。事故前のこと、ほとんど」
依織は謝った。救ったつもりで、息子の人生を早送りした。
息子は笑った。
「でも、僕は生きたよ。母さんが一分ずつ買ってくれたから」
停止まで三十秒。内部では半年あった。依織は接続を切らず、息子の家で暮らした。畑を手伝い、孫の孫の結婚式に出て、夕暮れを百八十回見た。
最後の日、息子は眠るように消えた。
現実へ戻ると、病室の時計は三十秒しか進んでいなかった。依織の顔は若いままなのに、胸の内側だけが半年分老いていた。
彼女は治療契約書を破り、借金の残りを返す生活へ戻った。誰にも説明できない喪に服しながら。
それでも毎朝、急がなくなった。信号が変わるのを待ち、冷めるまで茶を置く。息子から受け取った最後の教えは、時間は長さではなく、誰と同じ速さで過ごしたかだということだった。