水を一杯飲むまで

披露宴の受付開始まで、二十七分。

静は、席札が一箱足りないことに気づいた。

新郎側の親族十二名分。印刷会社へ渡した名簿が、一ページだけ裏面になっていて読み込まれていなかった。確認済みのチェックを付けたのは静だった。

会場裏の通路で、スタッフの靴音が速くなる。司会者が進行表を持って走り、厨房から皿の重なる音がする。静の口の中は、紙のように乾いていた。

失敗すると、静は水を飲まない。

トイレにも行かず、食事も取らず、身体を仕事の道具にして使い切る。自分の不注意で誰かが動くのだから、自分だけ楽になってはいけない。そうして頭痛が始まり、次の確認をまた落とすことが何度もあった。

「手書きにします」

静はスタッフルームで無地の席札を出した。十二名の漢字を確認しようとして、文字が二重に見えた。

給水機の横に紙コップがある。

静は腕時計を見る。二十五分。

いつもなら通り過ぎるところで、紙コップを一つ取った。水を八分目まで注ぎ、立ったまま飲む。冷たさが喉を落ちるあいだ、作業は一秒も進まない。誰かの名前も書かれない。

それでも静は、途中でコップを置かなかった。

飲み終えてから、会場責任者へ報告した。

「親族席札十二名分が未印刷です。私の確認漏れです。手書きで作成します。受付案内を一人、こちらへ回していただけますか」

責任者は時計を見て、スタッフを一人呼んだ。叱る時間さえないだけかもしれない。静はそれを都合よく許しとは受け取らなかった。

二人で名前を書く。筆ペンの墨が一枚だけにじみ、作り直した。最後の席札を並べたのは受付開始三分前だった。

間に合ったから失敗が消えたわけではない。式後には経緯書を書く。新郎新婦が気づく可能性もある。

受付の扉が開く直前、静は空の紙コップを捨てた。

いつもなら、その軽さを罪悪感で埋めた。今日はもう一杯だけ水を注ぎ、スタッフ用の棚へ置いた。披露宴が終わるまでに飲むための水だった。静は自分の名前を、そのコップの側面に小さく書いた。