水面に残る番号

 水泳部の選考表で、久我山亮成の百メートル自由形は一分十二秒になっていた。

 自己記録より九秒も遅い。

「大会では遅いんだよ。練習番長」

 主将の鳥飼陸央が表を貼り、亮成の名をリレー候補から赤線で消した。

 選考前にはゴーグルがごみ箱へ入り、ロッカーの暗証番号も勝手に変わった。顧問へ言えば、陸央は「後輩同士のじゃれ合い」と答えた。

 亮成は毎朝、始業前に千メートルだけ泳ぎ、壁を蹴る角度を動画で直してきた。陸央は後輩へ、亮成と同じレーンへ入れば大会から外すと言い、計測係にも彼のタイムを読み上げないよう命じていた。だから亮成は、数字そのものを疑うしかなかった。

 亮成は表を剥がさず、公式記録の照会を頼んだ。選考会では各選手が足首に識別チップをつけ、スタート台とゴール板が番号を自動で記録する。手書きの集計表より、競技サーバーが原本だった。

 ミーティングの日、顧問が部員全員をプールサイドへ集めた。

 大型画面に公式記録が出る。

《選手番号41 久我山亮成 1:03.08》

 部内最速だった。

「機械の誤作動です」

 陸央がすぐに言った。

 顧問は次の画面を開いた。選考表は共有端末で作られ、変更者の番号が残る。亮成の一分三秒を一分十二秒へ書き換えたのは、陸央のアカウントだった。他の二人の後輩も遅い数字へ変えられている。

「パスワードを誰かに使われました」

 陸央は笑顔を崩さない。

 プール入口の映像が再生された。選考会後、全員が帰った二十一時十三分。陸央が一人で端末を開き、貼り出す表を印刷している。画面を拡大すると、数字を打ち直す指まで見えた。

 さらに大会運営から、別の映像が届いていた。スタート前、亮成のゴーグルを選手籠から抜き、ごみ箱へ落とした人物も陸央だった。

「主将として、道具を片づけただけです」

「競技中の選手の道具を?」

 顧問が主将章を外させた。

 県大会の登録期限は、その日の正午だった。顧問は送信前のリレー名簿を画面へ出し、第四泳者の欄を直す。

「鳥飼は部活動停止。県大会の第四泳者は、公式記録一位の久我山亮成とする」