油染みの作業着
壮介が遼真の作業着を縫うことになったのは、夜勤明けの食堂だった。
遼真は工場の溶接工、壮介は配送会社の整備担当。二人は父の再婚で義理の兄弟になったが、壮介が家を出た後に再婚したため、一緒に暮らしたことはない。顔を合わせれば天気と仕事の話だけだった。
その朝、遼真の袖が大きく裂けていた。溶接台の角に引っかけたらしい。
「そのまま着るな。火花入るぞ」
「替え、ロッカー」
「じゃあ替えろ」
「洗濯中」
壮介は車載工具箱から裁縫セットを出した。トラックのシートを直すための太い糸と針だ。
「縫えるの」
「破くやつよりは」
遼真が袖を脱ぎ、壮介が裂け目を合わせる。布は油で硬く、針が通りにくい。食堂の隅で男二人が作業着を囲んでいると、同僚が笑った。遼真は笑い返さず、壮介も手を止めなかった。
「親父、また検査だって」と遼真が言った。
「聞いた」
「来週」
「火曜だろ」
「来るの?」
「配送次第」
「いつもそれ」
針先が指に刺さった。壮介は血を舐め、縫い目を一段細かくした。
父が倒れた去年、病院に付き添ったのは遼真だった。壮介は長距離便で戻れなかった。それ以来、連絡は必要最低限になっている。
「火曜、便を替わってもらった」
遼真は何も言わなかった。代わりに裂けたポケットを指さした。
「そこも」
「追加料金」
「缶コーヒーで」
「二本」
縫い終えた袖は、黒い糸が大きく蛇行していた。見栄えは悪いが、引っ張っても開かない。遼真は作業着を着直し、腕を曲げ伸ばしした。
「固い」
「燃えるよりまし」
「火曜、七時に迎え行く」
「俺が行く」
「車、会社に置くんだろ」
「じゃあ頼む」
それだけ決めて、二人は別の現場へ向かった。
検査の日、遼真の軽自動車の後部座席には、壮介のための新しい作業着が一着置かれていた。サイズも会社も違う。ただ、胸ポケットには同じ黒い糸で、小さな輪が縫い付けられていた。
「何これ」
「鍵引っかけるとこ。前のやつ、落としてたろ」
壮介は作業着を着なかったが、持って帰った。父の家の玄関には、遼真が作った合鍵が二本、同じ輪に通せるよう並んでいた。