波形の平らな傷
雨宮征士は鉄道車両工場の下請け検査員で、車軸の超音波探傷を覚えて三か月だった。新型車両の引渡し会議で、彼は検査波形の保管状況を報告する役だった。
提出されたグラフは滑らかで、内部欠陥なし。製造部長の磯部は二十編成分の支払決裁を急がせた。
征士が検査した車軸A-611には、基準線を越える反射波があった。深さ十二ミリの位置に亀裂らしい山が立っていた。
会議用グラフでは、その山だけが平らになっている。
「電気ノイズを平滑化した」と磯部は言った。「規程内の処理だ」
征士は解析設定を開いた。規程で許される平滑化幅は1。会議用ファイルは11になっていた。数字を一桁足し、欠陥波を周囲へ均したのである。
鉄道会社の技術者は、設定ミスなら再解析すればよいと言った。
征士は原始波形のハッシュ値を提示した。再解析用として保管されたファイルは検査翌日に上書きされ、署名値が一致しない。幸い、探傷器本体の読み取り専用メモリに元データが残っていた。
磯部は下請け契約を切ると告げた。征士の父も同じ工場で働いており、彼が騒げば父の班まで仕事を失うかもしれない。
征士は元データを再生した。欠陥波は同じ位置で三回現れ、偶然のノイズではない。さらに検査責任者の電子署名時刻は午後五時四十分、設定値11への変更は午後六時二分。署名後にグラフが加工されていた。
「平らなのは車軸ではなく、報告書です」
征士は亀裂位置と車軸の設計図を重ねた。そこは応力が集中する段差部で、走行中に最も進展しやすい。磯部は交換費用だけで二億円かかると叫んだ。だが鉄道会社の技術者は、走り出してから折れれば金額では測れないと答え、元波形の複製を要求した。
探傷器の封印番号も検査前後で同じで、別装置を使ったという説明はできなかった。
鉄道会社の役員が引渡証へ置いた印鑑を持ち上げたまま、机へ戻さなかった。二十編成の決裁は、深さ十二ミリの山で停止した。