洪水を川床ごと保管する

水運組合の下働きアシュナは、壺一個分の水しか収納できないと思われていた。

容量ではなく「容器の数」で数える能力だと説明しても、誰も信じなかった。

【固有スキル《容器収納》:一つの容器に収まっている同種の液体を、総量にかかわらず一枠へ格納する】

杯なら一杯、樽なら一樽。巨大な貯水槽へ触れれば全部入るが、空にした後の使い道がない。組合長は彼女を船底の水汲みに固定し、賃金まで子ども扱いにした。アシュナは船底から見える川床の形だけを、毎日黙って覚えた。

長雨の七日目、上流の魔導堤防が決壊した。

濁流は家と橋を呑み込み、王都南門へ迫る。門を閉じれば低地の三村が水底へ沈み、開けば王都へ流れ込む。貴族たちは迷わず門を閉じ、村人を見捨てた。

組合長は避難船を金持ちだけで満員にし、アシュナを岸へ残した。

「水汲み女なら、その柄杓で洪水を汲めばいい!」

船上から嘲笑が飛ぶ。

アシュナは押し寄せる茶色い壁を見た。洪水に桶も蓋もない。だが川は、両岸と川底に囲まれている。水を通すために作られた、国土で最も長い容器だった。

彼女は南門の外へ走り、石造りの水門へ手を当てる。

収納対象を「決壊地点から海までの河床に収まる水」と定めた。雨粒一つではなく、川という一器に入った同種の液体すべて。

一度だけ格納する。

轟音が途切れた。

王都へ迫っていた濁流も、村の屋根まで満ちた水も、上流から押し続ける奔流も消える。魚が湿った川底で跳ね、沈みかけた家が泥の中から姿を現した。泥の匂いだけが残った。空き枠には、海へ届くはずだった水量が青い立方体として静かに収まっている。

避難船は水を失い、泥の上へゆっくり座った。

組合長が転げ落ちる前で、救われた村人たちがアシュナを肩へ担ぐ。南門の上では、見捨てる命令を出した貴族の印章が衛兵に没収されていた。

王都の水位計がゼロを示すと同時に、彼女の職業板が海色へ変わる。

【職業が《水運下働き》から《海量納庫女王》へ書き換わりました】