海老を食べない和平
人間王国との晩餐には、大皿いっぱいの海老が並んでいた。
オデラは甲殻類を食べると息が詰まる。魔王ザグロスは席へ着くなり、彼女の皿を下げさせた。
「別の鍋で焼いた肉を出せ。調理器具も分けろ」
人間の料理長が目を丸くする。
「そこまで必要ですか」
「必要かどうかは余が決めた。急げ」
ザグロスは城一つを拳で沈めた最強の魔王だ。敵兵の命乞いには耳を貸さない。その男が、オデラの皿へ海老の汁が飛んでいないかまで確認する。
「陛下、私は端の料理を食べれば」
「前にそれで喉を腫らした」
一年前の小さな失敗を、彼だけが覚えていた。
宴の最後に、和平の儀式が始まった。
両国の代表が同じ海老料理を一口食べ、敵意のないことを示す古い習わしだという。人間の王がオデラへ銀匙を差し出す。
「魔王陛下が最も信頼する人間として、あなたが食べなさい」
「食べられません」
「儀式なのだから、一口だけだ」
「一口でも無理です」
王は微笑みを消した。
「和平を壊すつもりか」
ザグロスが立ち上がる。人間側の騎士たちが一斉に剣へ手をかけたが、魔王の魔力だけで刃が鞘の中から溶けた。
「和平を人質に、毒を食わせるな」
「毒ではない。彼女だけの体質だ」
「彼女にとっては毒だ」
王は別の人間を代表にすればよいと言った。だがオデラは首を振る。
「食べる儀式そのものをやめませんか。食べられない人が、和平に参加できなくなるから」
古参の大臣たちが笑った。
「一人の都合で千年の儀式を変えるのか」
ザグロスは海老の大皿を持ち上げ、窓の外の海へ放った。炎ではなく、魚の餌になるよう静かに。
「変える」
彼はオデラへ尋ねた。
「代わりに何をすればいい」
「同じ水を飲むだけで十分です」
魔王は新しい杯を二つ用意させた。
王が渋々水を掲げる。和平印が押された瞬間、ザグロスの布告が読み上げられた。
「今後、和平参加の条件に飲食を課さない。オデラが食べられないものを、勇気や忠誠の試験に使うことを禁ずる」