海辺のページ番号

海老名凪が一人旅で泊まった海辺の宿には、塩で波打った古い紀行文があった。余白には「三、五、八、三」と数字が並び、岬の章だけ何度も書き直されている。

凪は二年前の事故以来、長く歩くと右足を引きずる。旅行へ誘われるたび「迷惑をかけるから」と断り、今回は誰にも行き先を告げずに来た。紀行文に描かれた入り江だけは見たかったが、宿の案内板には道が載っていない。鳥越は潮を見てからと言い、米倉は岬へ近づかないほうがいいと言った。止められるほど、数字が自分だけに渡された地図のように思えた。

暗号のようで気になった。書いた可能性があるのは、宿主の鳥越、浜で働く汐見、毎朝パンを届ける米倉の三人だった。

手掛かりは三つ。頁の間から緑色の海ガラスの粉が落ちた。数字は潮位の低い時刻にしか意味を持たない。そして数字と小さな点の並びは、岬へ続く岩で乾いた足場まで進む歩数と、波を待つ位置に一致した。

凪は宿の庭で数字を歩幅に置き換えてみた。鳥越には短すぎ、米倉には不規則だが、浜で網を運ぶ汐見の歩き方なら自然だった。三つの手掛かりが示す道順は、速く進ませるためではなく、立ち止まらせるために書かれていた。

翌朝、凪は数字どおりに歩き、小さな入り江へ着いた。そこには海ガラスが散り、危険な崖側には新しいロープが張られていた。戻ると汐見が待っていた。

「勝手に行ったら怒られますよ」

「書いた人に言われたくないです」

汐見は降参した。先週の嵐で観光案内の道が崩れたが、古い本にはまだ安全だと書かれている。宿で凪がその頁を読んでいるのを見て、直接止めようとした。しかし彼女が足首の古傷をかばっているのに気づき、親切を押しつければ旅を諦めさせると思ったという。

「数字なら、自分で選べるでしょう。行くか、やめるか」

凪は、誰にも心配されたくなくて一人旅を選んだことを見透かされた気がした。それでも、道を奪わず安全だけ置いてくれたのは嫌ではなかった。

宿へ戻ると鳥越が昆布の澄まし汁を出した。潮の香りを一口飲む。

凪は海ガラスを一粒、紀行文の栞にした。

「次の頁には、帰りの歩数もお願いします」

汐見は笑った。

「帰りは一人分、増やしておきます」