消せない引き出し履歴
遠矢マリが宝庫へ着くと、ギルド銀行は空だった。
《永久出納帳》
入出庫の記録は削除・改変できません。
表示名は、実行者が戦闘時に装備していた名前を使用します。
履歴には、マリの名が並んでいる。
《遠矢マリ:金貨五万を出庫》
《遠矢マリ:蘇生石三十個を出庫》
「会計係が全部盗んだ!」
団長の告発で、仲間たちが武器を向ける。マリはその時刻、前線で回復薬を配っていた。だが表示名は確かに自分だ。
彼女は履歴の注意書きを読む。
実行者のアカウント名ではなく、装備していた名前。
先月のイベント報酬に《名札仮面》があった。他人の表示名を十分だけ装備できる、悪ふざけ用の品。管理していたのは団長だ。
宝庫の守護像が動き出す。出納帳に不正を訴えた者を、泥棒として排除する仕組みらしい。
マリは逃げず、履歴を一件ずつ開いた。表示名の下に装備一覧が残っている。
《頭:名札仮面》
《本来の装備者情報:封印》
封印は守護像の核を止めれば解ける。団長は撤退を命じたが、仲間の半数はもう従わなかった。
守護像の拳を避け、マリは帳簿を核へ押し当てる。像は自分が守るべき記録を壊せず、動きを止めた。
封印が解除される。
全出庫の実行者は団長。さらに、マリの名を装備した時間まで分単位で表示された。
団長は「システム上はお前だ」と言い張る。
永久出納帳の最下段に、新しい項目が追加された。
《表示名を借りた者》
《責任まで借りることはできません》
《ギルド資産盗難を確認》
《実行者情報を復元》
守護像が止まると、銀行の棚から隠し保管箱が現れた。金貨そのものはすでに外部へ送られていたが、出庫時に預けられた名札仮面が残っている。
内側には、マリの名前を真似るため記録した声と歩き方のデータまであった。
彼女は仮面を壊さず、永久出納帳の横へ展示する。道具が悪いのではない。他人の名を一時的に借りられる世界で、本人確認を表示名だけに任せたことが穴だった。
新しい出納欄には、名前の下へ必ず実行者識別子が並ぶようになった。
《裏切り者を確定――帳簿に残る他人の名ではなく、他人の名を装備して金庫を空にした者》