涙草の鉢

薬草温室の隅に、涙草の鉢が一つだけ置かれていた。

誰かを思って流した涙で七滴満たせば、花は一輪咲き、その花弁はどんな毒も消す。ただし花が開いたあと、涙を流した者は、その人のために二度と泣けなくなる。

温室係の侍女クレーヴァは、鉢を厨房へ運んだ。

床には毒見役の娘が横たわっている。王女へ出された果実酒を一口飲み、倒れたのだ。侍医は夜明けまで持たないと言った。

娘はクレーヴァと同じ屋根裏部屋で五年暮らした。遅番の日は夕食を半分残し、誕生日には焦げた菓子を焼き、クレーヴァが母の命日に泣くと、何も聞かず背を撫でてくれた。

その娘を思えば、涙は出る。けれど七滴には足りなかった。恐怖が大きすぎて、胸が固くなっている。

「もっと深い悲しみを使いなさい」と侍医が言った。「すでに失った人を思うのだ」

クレーヴァは母のことを考えた。

病床の細い手。最後に結ってあげた髪。王宮へ奉公に出る朝、「つらくなったら帰っておいで」と笑った顔。帰ったときには、棺の蓋が閉じられていた。

一滴目が土へ落ちた。

母の命日には毎年、屋根裏の窓辺で泣く。泣くたび、いまも娘でいられる気がした。花が咲けば、その涙は失われる。墓へ行っても胸が痛まないかもしれない。母を忘れるわけではない。それでも、悲しめなくなることは、もう一度母を手放すことに似ていた。

二滴、三滴。土から白い芽が伸びる。

倒れた娘がかすかに目を開けた。

「クレーヴァ……泣かないで」

いつもと同じ言葉だった。母の命日にも、そう言いながら背を撫でてくれた。

「あなたを助けるためだから」

「誰を、思ってるの」

クレーヴァは答えず、母が焼いた硬いパンの匂いを思い出した。叱る声、笑う声、抱きしめられた腕の温度。

六滴目で蕾が膨らむ。

最後の一滴を落とせば、母への涙は終わる。いつか思い出が薄れても、泣くことで確かめることはできない。

クレーヴァは鉢を両手で持ち上げ、母の名を呼んだ。

七滴目が落ちた。

白い花が音もなく開き、侍医が花弁を摘んで娘の唇へ置く。紫色だった頬に、ゆっくり血色が戻った。

クレーヴァは空になった鉢の前で、もう一度母を思った。

胸は確かに痛いのに、目は乾いたままだった。