湯上がりの番台
古い銭湯の主人は、廃業を決めていた。
燃料代は上がり、客は減り、膝も痛む。
常連には言えず、
「まだまだ元気」
と番台へ座り続けた。
閉店後、従業員用の草履を左右逆に揃えると、同じ顔の主人が現れた。
翌日の最後の客が湯から上がるまで、もう一人の自分が番台を代わり、本物は暖簾をくぐれない。
主人は外から店を眺めた。
代役は釣り銭を間違え、子どもの名前も忘れ、常連の好みの温度を知らない。
「今日の主人、変だね」
客たちはすぐ気づいた。
高齢の客が言った。
「いつもの人なら、私が長いと風呂場まで見に来る」
学生は、
「雨の日は靴へ新聞紙を入れてくれる」
子どもは、
「牛乳の蓋、開けてくれる」
主人は、湯を沸かすことしか役目と思っていなかった。
客が覚えていたのは、商売にならない細かな手つきだった。
代役が常連へ、
「この銭湯がなくなると困りますか」
と尋ねた。
主人が言えなかった質問だ。
客たちは黙った。
一人が、
「困る。でも、主人が倒れるまで続けろとは言えない」
と答えた。
別の客も、
「週に二日でも」
「皆で掃除する日を作れば」
と話し始めた。
主人は外で、助けてもらう銭湯では客に申し訳ないと思った。
だが常連たちは、無料で働くと言っているのではない。
掃除当番の日には入浴券を受け取り、できない週は休む。続ける負担まで一人に隠させない相談をしていた。
最後の客は、近所の中学生だった。
湯から上がっても番台前で帰らない。
「本物の主人、外にいるでしょう」
代役が目を丸くする。
「何で分かる」
「いつもの人は、閉店音楽を一緒に歌う。音痴だけど」
中学生が暖簾を上げ、
「もう上がったよ」
と外へ呼びかけた。
本物が店へ入ると、代役は番台から消えた。
客たちは主人を囲み、勝手に新しい営業日を決めていた。
銭湯は廃業せず、週三日に減らした。
掃除は地域の当番制。
主人は膝の治療へ通い、番台にいない日も作った。
釣り銭を間違える若い手伝いへ、客が逆に教えることもある。
最後の客が上がると、中学生が閉店音楽を歌う。
主人も加わる。
やはり音を外す。
湯を沸かす代役はいても、町の人が待っていたのは、名前を覚え、靴へ新聞紙を入れ、同じ歌を間違える一人だった。