湯気のない作り置き
実花は冷蔵庫の前にしゃがみ、透明な保存容器を二つ取り出した。一つには三日前のきんぴら、もう一つには昨夜のご飯が半膳。どちらも端が少し乾いている。
夕食を決める気力がなく、床に座ったままSNSを開くと、知人の一週間分の作り置きが表示された。色の違う副菜が十種類、同じ形の容器に整然と並ぶ。〈平日の自分を助ける日曜仕込み〉。コメントには「理想の生活」「見習いたい」が続いていた。
実花も日曜だった。午前中は洗濯をし、午後は昼寝をして、気づけば六時を過ぎていた。作り置きどころか、包丁を一度も握っていない。
投稿の写真を拡大すると、ブロッコリーは緑が濃く、にんじんは同じ太さに切られていた。実花のきんぴらは、買った総菜を容器へ移しただけだ。移した理由も、パックのままだと自炊していないことが目立つ気がしたからだった。
誰に見られるわけでもないのに、冷蔵庫の中でまで格好をつけていた。
実花はご飯ときんぴらを一つの皿に載せた。冷凍庫から小さな焼売を三個出し、電子レンジへ入れる。待つ間、味噌汁を作ろうか迷ったが、棚の即席スープを選んだ。
湯を注ぐだけで、乾燥わかめがゆっくり開く。換気扇は低い音で回り続けていた。SNSの作り置きには湯気が写っていなかった。完成した料理は美しいけれど、誰が何時に、どんな顔で食べるのかは見えない。
実花は写真を閉じた。自分の皿には茶色いものしかない。けれど焼売は熱く、スープは舌を少しやけどしそうだった。
来週の自分を助ける準備はできなかった。それでも今の自分には、三日前の自分が買ったきんぴらが残っていた。容器へ移した見栄も、結果として今夜の一品になった。
実花は残ったきんぴらを明日の弁当用に小さなカップへ入れた。手作りではないし、色も増えない。でも月曜の昼に、何もないよりはいい。
七日分を整えなくても、一食ぶん先へ渡せれば十分だ。実花は空になった保存容器を水につけ、今夜の皿だけ先に洗った。