火を止めたあとの蕪

鹿島冴が味を失って、二十七日目の夜だった。

午前零時を過ぎた台所で、妹が蕪の澄ましスープを作った。火を止め、器へ注ぎ、自分は食べずに部屋へ戻った。「無理に感想を言わなくていい」という意味だと分かった。

冴は料理人だった。正確には、来月からも料理人でいられるのか分からない見習いだった。

高熱が下がったあと、塩味も甘味も消えた。店には体調不良とだけ伝え、休みを延ばしている。厨房へ戻って味見を求められたとき、何も分からなかったらどうするのか。その怖さを、店にも妹にも言えない。

休みのあいだ、冴は毎朝同じ塩水を作り、濃さを当てようとした。正解は一度も分からず、結果を書いた紙だけが台所の隅に増えた。努力すれば戻るという形にしておかないと、待つことさえできなかった。

器から白い湯気が上がる。冴は顔を近づけたが、香りは分からない。スプーンですくった蕪は、薄い端から先にほどけ、中心だけがかすかな抵抗を残した。

味はしない。

それでも、切り方は分かった。

一枚だけ、厚さがそろっていない。妹は包丁が苦手で、根元へ近づくほど刃が斜めになる。冴が何度教えても直らなかった癖だ。目を閉じても、その一片だけは舌で見分けられた。

冴は初めて、味がないまま二口目を食べた。

料理は味だけではない、と慰められるのが嫌だった。味が中心であることを、誰より自分が知っている。けれど中心が戻るまで、手も、目も、舌の別の働きも、全部捨てる必要はないのかもしれなかった。

最後に、いちばん厚い蕪を一枚残した。

冴は器を持って調理台へ行き、清潔な包丁を出した。残した一枚を取り出し、半分の薄さに切る。二枚になった蕪をスープへ戻し、片方ずつ舌へ載せた。

厚さが変われば、ほどける順番も変わる。味はなくても、違いは確かにあった。

器を空にし、冴は勤務先へのメールを開いた。

――明日、仕込みだけ参加させてください。味見はできません。できないことから先に共有します。

送信後、妹の部屋の前へ空の器を置いた。感想の代わりに、まな板の上へ切り直した蕪の薄い端を一片だけ残す。

翌朝それを見れば、妹には分かる。

冴がまだ味を取り戻していなくても、包丁を置くことまでは決めていないと。