火曜日の猫が拾うもの
火曜日が消えても、猫はそのまま歩いている。飼い猫には月曜の夜、青い鈴をつける。水曜の朝に持ち帰った物は日没まで玄関へ置き、持ち主が来ても名前を聞いてはいけない。猫の後を追うのはもっとも重い違反だった。
鷺沼尚人の猫、錆は、毎週何かを拾ってきた。
片方だけのイヤホン、濡れた切符、子供の乳歯。尚人は規則どおり玄関へ並べた。水曜の夕方までに、知らない誰かが無言で持ち去った。
恋人の瑚子が事故で死んだのも火曜日だった。正確には、月曜の深夜に家を出て、水曜の朝に壊れた自転車だけが見つかった。死亡日は記載不能。葬儀では火曜の写真を飾らないことになっているため、二人が海へ行った写真は使えなかった。
四十九日を過ぎた水曜、錆が銀色の指輪をくわえて帰った。
尚人が瑚子へ渡せなかった指輪だった。事故の前夜、ポケットに入れたまま喧嘩をし、彼女が出ていくときも追わなかった。指輪は今も尚人の机にあるはずだった。
引き出しを開けると、空だった。
玄関へ置かなければならない。日没までに持ち主が来る。尚人は指輪を白い皿へ載せ、扉の前に座った。
午後六時、廊下に足音がした。のぞき穴には誰も映らない。錆だけが尻尾を立て、扉を引っかいた。
名前を聞いてはいけない。扉を開けてもいけないとは書かれていない。
尚人がノブへ手をかけると、錆が手首を噛んだ。強くはない。止めるような噛み方だった。外の足音は扉の前で止まり、長い間動かなかった。
日が沈む直前、指輪が皿の上で一度転がった。扉の下の隙間から、細い指が入ってくる。爪には瑚子が好きだった黄色が塗られていた。
尚人は声を出さず、指輪をその指へ押しやった。
足音が遠ざかる。錆は扉の前で丸くなった。
翌週から、猫は何も拾ってこなくなった。青い鈴だけが火曜を越すたび錆びていった。
一か月後の水曜、玄関の皿に古い地下鉄の乗車券が一枚置かれていた。行き先は海。裏には瑚子の字で、二名、と書かれていた。
券の端から、乾かない海水が一滴ずつ床へ落ちていた。