灰を縫った裾
イアコ・モアナは、黒旗の裾へ火山灰を縫い込んでいた。
乾いた灰は軽い。旗を強く振れば縫い目から噴き出し、遠目には塔から黒煙が上がったように見える。敵船は火薬庫に火が入ったと読み、城壁の混乱へ乗じて上陸するはずだった。
ただし雨に濡れれば、灰はただの泥になる。
灰は、先月噴いた山からイアコが一袋ずつ運んだものだった。灰に埋まった畑では芋も育たない。島を殺した粉が、今夜だけ島を守る。役に立つ物と害になる物の違いは、置く場所と時刻しかない。
海上から細い雨が来ていた。
「塔の屋根へ入れ」と守将が言った。
「屋根の下で振れば、煙が見えません」
「今濡らせば、何も出ない」
イアコは旗を自分の外套で包んだ。旗番が濡れ、旗が乾く。それが順序だった。
敵の三角帆が、島影を離れた。十七隻。火薬庫が燃えたと思わせるには、最初の船が礁門へ入る直前まで待たねばならない。早ければ慎重に探り、遅ければ潮が反転して逃げられる。
雨脚が強くなった。外套を伝った水が肘から落ちる。黒旗の上端まで湿り始める。
副将が苛立った。
「もう振れ。灰が残っているうちに」
「先頭船はまだ白岩の外です」
「見えるのか」
「櫂の音が二つ返ってきます。礁門の内なら一つです」
イアコは海を見ず、音を聞いた。波の裏で櫂が揃い、岩壁から二重に戻る。
矢が塔へ届いた。一本が外套を縫い、彼の肩へ刺さる。外套を脱げば旗が雨を吸う。イアコは矢柄を折り、布を巻いたまま立った。
やがて櫂音の反響が一つになった。先頭船が礁門を越えた。後続も狭い水路へ並ぶ。
イアコは外套を投げ捨て、黒旗を両手で振った。裾の縫い目が開き、乾いた灰が夜気へ噴き出す。雨に叩かれながらも一瞬だけ大きな黒煙となり、塔を包んだ。
敵船で鬨の声が上がる。帆が増し、狭い礁門へ雪崩れ込む。
守将が腕を上げた。崖上では、縄で留めた丸太と岩が待っている。
「礁鎖を上げろ」
海中の鎖が張り、先頭船の竜骨を受け止めた。
灰の抜けた黒旗が、雨の中で軽く翻った。