炊飯器の保温ランプ
廉生は兄の深緒と二人で暮らしている。兄弟なのに、名前を逆に覚えられることが多い。弟の廉生が大雑把で、兄の深緒が細かい性格なのも、世間の予想とは逆らしい。
深緒が遅番の日、廉生は夕飯係になる。作れるのは炒飯、焼きそば、親子丼の三つ。その夜は親子丼にした。米を炊き、鶏肉を切り、卵を溶いたところで、深緒から「一時間延びる」と届いた。
廉生は困った。親子丼は待つのが下手な料理だ。卵は固まり、玉ねぎはくたびれる。そこで具だけ煮て火を止め、溶き卵を冷蔵庫へ戻した。炊飯器の保温ランプだけが橙色に光った。
一時間、廉生はゲームをした。勝っても負けても落ち着かず、台所へ何度も水を飲みに行った。そのたび保温ランプが、まだですよ、と同じ顔で光っている。
玄関が開くと、深緒は「腹減った」と鞄を置いた。廉生はすぐ火を点け、卵を二回に分けて流す。半熟で止めるつもりが、兄の仕事の愚痴を聞いているうちに少し固まった。
「上出来」と深緒は言った。
「本当はもっと、とろっとする予定だった」
「待ってる間に米はちょうどよくなった」
炊飯器を開けると、温かな米の匂いが顔へ上がった。底は少し乾いていたが、甘い玉ねぎと煮汁を吸えば分からない。二人は丼を持って食べ、深緒が最後に鍋の卵を指ですくって叱られた。
食後、廉生が保温を切る。橙の灯が消えると、台所は急に夜らしくなった。待つ役目を終えた機械の蓋は、まだ掌ほどの温かさを保っていた。
深緒は翌日の米を研ぎ、廉生は卵の殻を片づけた。役目は頼まなくてもいつもの形へ戻る。流しには玉ねぎの甘い匂いが残り、窓には二人の丼から上がった湯気の跡があった。「次は焼きそば」と廉生が言うと、深緒は遅番表を見て日曜を指した。その日は早く帰れるらしい。待たなくても二人前を作る日が決まり、廉生は何となく炊飯器の蓋をもう一度撫でた。冷え始めた表面の下に、米の温みがまだ籠もっていた。