焼き上がらない青
陶磁器会社の試験窯で、橡本藍子は青い小皿ばかり焼いていた。
灰の粒をふるい、粘土の水分を変え、同じ釉薬でも窯の棚ごとに塗る厚さを変える。月に百枚試して、採用するのは一枚だけ。営業責任者の五味重人は、倉庫に積まれた失敗作を見て顔をしかめた。
「売れない皿を焼いて残業代まで取る。給料泥棒の研究ごっこは終わりだ」
老舗ホテル向けの新シリーズが量産に入る前日、藍子は解雇された。五味は試験を省き、前年と同じ配合で窯を満杯にした。
焼き上がりは美しかった。深い青が揃い、五味は検品数を減らして納品した。
しかしホテルで熱いスープを注ぐと、器の内側に細かな亀裂が走った。その年の粘土は鉄分がわずかに多く、前年の釉薬と膨張率が合っていなかった。洗浄機を通すたび亀裂は広がり、青い欠片が客席で落ちた。
全数回収。ホテルは開業記念宴会で別会社の白い器を使い、五味の会社へ損害請求を送った。回収箱の中で、青い器は運搬の振動だけでも次々に欠けた。
藍子は山間の家族窯へ移っていた。窯主は売れ残った灰と土を見せ、「好きに焼いてくれ」と言った。藍子は失敗皿を割らずに並べ、青が濁った理由を一枚ずつ比べた。
冬、窯から出た器には、夜明け前の空のような青が浮かんだ。熱を加えても割れず、使うほど縁だけが淡くなる。
国際工芸展で、その器は素材革新賞を受けた。
審査会場には、契約を打ち切った老舗ホテルの総料理長もいた。五味は回収後に改良した白いシリーズを持ち込み、取引再開を求めた。
総料理長は藍子の青い器へ熱い出汁を注ぎ、五分待った。亀裂は一本も出なかった。
「次の全客室と三店舗、これで揃えます」
五味が口を挟んだ。
「量なら当社で焼けます。橡本の配合を共有いただければ――」
総料理長は注文書の製造者欄を指した。家族窯の名と、品質責任者・橡本藍子の名が印刷されていた。
「欲しいのは青の配合ではありません。割れる前に止める人です」
藍子が受注印を押すと、五味の会社への損害請求額も確定した。