王都を救った空の器
「密閉した器から気体を抜く? 樽職人なら栓を開ける。戦場では無能だ」
軍需局の鑑定で、オルカは補給兵の資格すら得られなかった。
《スキル:空抜き――触れた密閉容器の内部から、気体だけを消す》
水も火薬も残る。袋を平たくする程度の技だと笑われ、オルカは不発弾を運ぶ危険作業へ送られた。
そこでオルカは、爆発物が火だけで破裂するのではないと教わった。閉じ込められた気体が膨らみ、逃げ場を失って殻を押す。火油を消せなくても、押し広げるものをなくせば壺は壺のままだ。教官は講義のあとで笑ったが、彼だけは黒い陶器の曲面を何度も撫でて確かめた。殻を割る力が内側から来るなら、中身を壊さずとも、押すものだけを奪えばよい。火が残っても、息のできない炎は長く生きられない。
ちょうど敵軍が、城壁越しに黒い卵を撃ち込んできた。
陶器の殻に火油と圧縮風を封じた《雷卵》だ。地面へ落ちても割れず、百息後に内部の風が火油を霧にして、街区一つを焼き払う。導火線は殻の内側。外から水をかけても止まらない。
広場に落ちた一発目が、低く唸り始めた。
工兵長は王都の一画を切り捨てる決断をし、避難鐘を鳴らす。
「不発弾係、近づくな! 触れれば爆ぜる!」
オルカは荷車から降りた。
殻にはひび一つない。だからこそ、完全な“密閉容器”だった。
掌を黒い卵へ置く。
内側で風が暴れ、薄い陶器越しに指を震わせる。
「《空抜き》」
唸りが消えた。
火油は入ったまま。導火線も燃えている。だが火を広げ、圧力を生む気体だけがない。数息後、殻の中で小さく火が灯り、そのまま酸素を失って消えた。
二発目、三発目が城内へ落ちる。
オルカは走り、触れ、無音にする。最後の一発は王宮屋根に刺さった。彼が瓦を滑りながら掌を当てると、黒い卵はただの重い壺になった。
軍議室から見ていた宰相グレンツが、工兵長の手からオルカの鑑定書を奪う。
「栓を開ければ風は外へ出て、火を育てる。こいつは風そのものを消した。無能の二文字を削れ――王都防爆官、特級と記せ」