申請書のサークル名
市役所の文化振興課で、茉莉は会場利用の申請書をめくっていた。
来月の市民創作交流会。参加団体一覧の中央に、「砂糖鉱山」という名前があった。
茉莉自身のサークル名だった。
主催者には本名を知らせてあるが、公開用一覧にはペンネームだけを載せてもらう約束だった。それが庁内資料では、代表者欄に本名、団体名に砂糖鉱山と並んでいる。隣の席の同僚が確認印を押せば、すぐ気づく。庁内で変わった団体名として話題になり、窓口で「先生」と呼ばれる場面まで想像した。
欠席に変えよう。そう思って申請書を抜きかけたとき、同僚が声をかけた。
「その団体、書類に不備?」
「いえ。私が関係者なので、自分では処理できません」
茉莉は紙を差し出した。喉が乾く。
同僚は代表者名と団体名を見比べたが、表情を変えなかった。
「了解。利益相反回避で私が引き継ぐ。活動内容は自主制作本の展示販売、ですね」
「笑わないんですか」
思わず尋ねると、同僚は判を持ったまま首を傾げた。
「課の名前、文化振興ですよ」
その一言で、茉莉は自分がどれほど自分の文化だけを例外扱いしていたか気づいた。
「ただし、使用料の減免対象ではありません。物販があるので通常区分です」
「はい」
「消防計画も要提出。机の配置図、締切は金曜。個人活動だからといって、審査を甘くもしないし、厳しくもしません」
仕事の言葉で扱われることが、こんなにありがたいとは思わなかった。
イベント当日、茉莉は休日の市民会館へ向かった。鞄には市役所の職員証、首からは砂糖鉱山と印刷した出展者証を下げている。
入口で、あの同僚が家族と一緒にパンフレットを受け取っていた。目が合う。
「今日は窓口じゃないので、普通に買っていいですよね」
茉莉は笑って頷いた。
机に着き、新刊を並べる。表紙は砂糖菓子の鉱山を旅する姉妹の物語だ。
職員証は鞄の奥へしまったが、隠したのではない。今日は使わない名前を、必要な場所へ戻しただけだった。
茉莉は出展者証を表へ向け、最初の読者を迎えた。