畑は貸して葱をもらう

 久礼井美澄と弟の尚弥は、父から畑を一枚相続した。

 二人とも農業はできない。会社勤めも続かなかった。

 そこで近所の農家へ畑を貸し、少額の賃料と、ときどき野菜をもらって暮らしている。

 冬の朝、玄関へ葱が一束置かれていた。

 白い部分が太く、土が少しついている。

「今月の現物配当」

 尚弥が言う。

「賃料とは別」

「なら株主優待」

「私たち、株主じゃない」

 二人は葱を台所へ運んだ。

 一束は多い。

 味噌汁、鍋、炒飯。それでも余る。

 美澄は葱焼きを作ろうと言い、尚弥はお好み焼きとの違いを訊いた。

「葱が主役」

「それは葱が決めた?」

「今日の収入源だから敬意を払う」

 小麦粉、卵、出汁を混ぜ、刻んだ葱を山ほど入れる。

 尚弥が包丁を持つと、輪切りの幅がばらばらになった。

「太い」

「食感」

「細い」

「繊細さ」

「便利な言い訳」

 切るたび、青い香りが目と鼻へしみた。

 フライパンへ油を引き、生地を流す。

 表面へ小さな泡が出るまで待ち、皿を使って裏返す。

 一枚目は端が折れた。二枚目はきれいな円になった。

「どっち食べる?」

「折れた方」

「遠慮?」

「先に焼けたから熱い」

 尚弥は正直だった。

 昼、縁側へ座って食べた。

 醤油を少し垂らすと、焼けた葱の甘い匂いが立つ。外側は香ばしく、中は柔らかい。

 畑では農家が土を起こしていた。

 二人は手を振り、相手も鍬を上げて応えた。

「自分たちで作った方が儲かるかな」

 美澄が何となく言う。

「朝、起きるの?」

「そこから?」

「雨の日も行くの?」

「貸しておこう」

 決定は早かった。

 午後、残った葱を新聞紙へ包み、冷暗所へ立てた。

 尚弥は一本だけ水へ挿し、根元からまた伸びるか試すという。

「それは農業?」

「観察」

「労働では?」

「無報酬だから趣味」

 数日後、葱の中心から淡い緑が伸びた。

 二人は毎朝それを測り、成長した一ミリを大げさに祝った。

 畑を耕さない二人の台所に、土と葱と焼いた醤油の匂いが残る。

 働かなくても、借りた畑から季節が届き、食べたあとの根から小さな続きが育っていた。