白木蓮の封筒

葛城史帆の勤める法律事務所へ、毎週木曜、白木蓮の花びらが一枚届いた。

真っ白な封筒に宛名は「受付の方へ」。差出人はなく、中には押し花だけ。紙を開くと、乾いた春の匂いがほんの少しした。依頼人の秘密を扱う職場だけに、史帆は無邪気な贈り物とは思えなかった。

一通目は遺失物として保管し、二通目から日付順にファイルした。花びらが届く木曜だけは、郵便受けを開ける手が少し震えた。礼を期待しているのではない。ただ、あの日逃げるように事務所を出た人が、どこかで朝を迎えていると信じたかった。

候補は三人いた。保護命令の申立てを手伝った元依頼人の鹿島、毎週裁判所へ来る相手方代理人の諸星、退職後も木曜に資料を届ける元事務員の折口。

封筒は、裁判所の無料コピー用紙を三つ折りにして作られていた。折り目には、史帆が鹿島へ教えた「住所を見せずに書類を分類する折り方」の癖がある。花びらの端には、緊急窓口で使う青い日付印の跡が薄く移っていた。

半年前、鹿島は同居人から離れ、安全な場所へ移った。新しい住所を誰にも知らせず、事務所との連絡も弁護士を通す約束だった。最後に史帆が渡したメモには、「返事はいりません。安全でいることが、いちばんの連絡です」と書いた。

史帆はようやく気づいた。一枚の花びらは礼状ではない。名前も住所も書かずに送れる、「今週も安全です」という合図なのだ。

七通目の木曜、封筒には花びらが二枚入っていた。短い鉛筆書きもあった。

〈手続きが終わりました。もう隠れなくて大丈夫です〉

その日の夕方、事務所の前に鹿島が立っていた。髪を短くし、以前より明るい色のコートを着ている。裁判所の庭で拾った木蓮を、自分で押したのだと話した。

「名乗らないまま送って、ごめんなさい」

「謝らないでください。毎週、ちゃんと受け取りました」

史帆は近くの喫茶店へ誘った。窓際の席で、鹿島は初めて新しい町の話をした。史帆は温かなミルクティーを一口飲む。

「では今日からは、名前のある春ですね」