白線が消える前に
最後の大会に負けた翌日、私たちは校庭の白線を引き直していた。
もう練習する必要はない。
三年生は引退した。昨日まで勝つための境界だった線が、今日はただの白い粉に見えた。
それでも主将はラインカーを押し、私は石灰の袋を抱えていた。
「曲がってる」
「夕日がまぶしい。昨日の涙もまだ乾いてない」
「言い訳」
オレンジ色の校庭に、新しい白線が伸びていく。昨日まで私たちが走ったコート。明日からは後輩たちのものになる。
「負けた線も残せばいいのに」
私が言うと、主将は振り返った。
「雨で消えるよ」
予報では、夜から雨だった。
だから今引いても、明日の朝には薄くなる。
「それでも、無駄じゃない?」
「今日の練習には必要」
後輩たちが部室から出てきた。三年生に気を使い、声を抑えていた。
主将は笛を吹いた。
「集合!」
いつもの声だった。
私たちは引退の挨拶をした。泣かないつもりだったのに、後輩の顔を見ると涙が出た。
主将は最後まで泣かなかった。
練習が始まり、私たちはフェンスの外へ回った。
新しい主将が声を出す。ボールが白線の内側を走る。
夕日で選手たちの影が長くなり、コートの外まで伸びていた。
「線、意味ないね」
私が言うと、主将は笑った。
「影は越えるからな」
二人で倉庫へラインカーを戻した。
底に残った石灰が、床へ細い筋を作った。
「春から遠く行くんだよね」
主将は県外の大学へ進む。私は地元に残る。
「たぶん、もう一緒に線を引くことないね」
「引きたくないだろ、普通」
「そうだけど」
校庭へ戻ると、空は紫へ変わっていた。
後輩たちが練習を終え、白線の上へ足跡を残している。
主将はそれを見て、ようやく少し泣いた。
夜、雨が降った。
翌朝、白線はほとんど消えていた。
でも後輩たちは、薄く残った跡を見つけ、自分たちでラインカーを押した。
私たちはフェンスの外から見ていた。
終わりは、線の向こう側に出ることではなかった。
次の人が同じ場所へ、自分の線を引き始めることだった。