百一箱目のトマト

量販店向けトマトの発注取消会議で、宮前谷薫は農産物仲卸の若手担当として、冷蔵倉庫の在庫表を握っていた。取引先の瀧岡バイヤーは、販促企画が中止になったとして、出荷直前の千箱を全量キャンセルすると告げた。

契約書には、納品前日午後五時以降の取消しは代金の八割を支払うとある。取消通知の時刻は午後四時五十九分。瀧岡は違約金なしを主張した。

薫はメールのヘッダーを開いた。表示時刻は四時五十九分だが、送信サーバーの受付時刻は午後五時一分十三秒。瀧岡のパソコンだけ二分遅く設定されていた。

「五時を過ぎています」

瀧岡は、二分程度で生鮮品を買い取れないと言った。さらに千箱のうち品質検査で一箱に傷みが見つかったため、契約解除できるとも主張した。

薫は問題の箱番号を確認した。T-101。納品対象はT-001からT-100を十組、計千箱である。各組の百一番は品質確認用に量販店側が別途用意した見本箱で、仲卸の出荷品ではなかった。

見本箱の産地ラベルは薫の会社と同じだったが、印字された農場コードが存在しない。ラベルデータの作成者は瀧岡本人、印刷時刻は取消通知の二十分後だった。

「取消した後に、不良品を作ったんですね」

瀧岡は、今後の売場を失いたくなければ廃棄費も負担しろと迫った。薫の背後では、農家が夜明けから収穫したトマトが冷えている。赤くなる時期を、取引先の都合で戻すことはできない。

薫は温度記録と出荷承認印を机へ置いた。

「千箱は契約どおりです。百一箱目だけ、そちらで引き取ってください」

薫は量販店の販促会議記録も入手していた。企画中止が決まったのは三日前。それでも瀧岡は、相場下落を待って代替品を安く仕入れるまで取消しを通知しなかった。別産地の発注書には、同じ千箱を二割安く買う契約が午後四時に結ばれていた。

量販店の取締役が取消承認書を閉じた。午後五時一分と、存在しない百一箱目が、千箱の代金を廃棄欄へ落とすのを止めた。