百円ぶんの無駄

藤堂志津は、百円を使う前にも理由を探した。

契約社員だった頃の癖で、家計簿には「必要」「将来必要」「なくても困らない」の三列がある。給料が上がり、生活費半年分の貯金ができても、三列目はいつもゼロだった。駅で喉が渇いても家まで我慢し、読みたい雑誌は図書館に入るまで待つ。節約というより、無駄を選んだ自分を責めるのが嫌だった。正社員になって一年たっても、安定はいつ失うか分からない仮のものに見えた。財布を閉じるたび、昔の不安にだけは褒められている気がした。

土曜、スマートフォンの修理を待つ間、商店街の玩具店前にあるカプセル機を眺めた。中身は「眠る野菜」という妙なシリーズで、目を閉じた大根や、布団をかぶった玉葱が並んでいる。

隣では、ひかりという五歳の女の子が母親から百円玉を一枚もらっていた。

「どれが当たりだと思う?」とひかりに訊かれ、志津は見本を比べた。

「使い道なら、消しゴムになっている人参かな」

「使ったら顔なくなるよ」

ひかりは真剣に考え、見本の端にいる、ただ寝転んでいるだけの茄子を指した。

「これが一番いらない。だから、これがいい」

「いらないのに?」

「いらないものが来たら、笑うから」

硬貨を入れたものの、ひかりの手では取っ手が固かった。志津が回すのを手伝うと、出てきたのは消しゴムの人参だった。ひかりは少し残念そうにしたあと、母親へ見せに走った。

去り際に振り返り、志津へ言った。

「おねえさんも、いらないの一個やって」

志津は、買わなかった物の合計まで家計簿へ書く癖があった。今月も『節約できた額』は増えているのに、何をした月だったかは思い出せない。眠る茄子なら、役には立たなくても、今日の午後を思い出す印くらいにはなるかもしれなかった。

志津の財布には百円玉が七枚ある。カプセルの置物など、どの列にも入らない。家計簿へ書くなら、説明欄が空白になる。

修理店から名前を呼ぶ通知が、借りた代替端末に届いた。志津は一度そちらを見たが、急ぐ必要はなかった。

家計簿の説明欄には、あとで『玩具』と書けばいい。けれど志津は、その文字の横に理由を足さないと決めた。必要でないことを、必要だったことに言い換えずに済ませてみたかった。

百円玉を一枚、投入口へ入れる。使い道を考えないまま、志津は固い取っ手を最後まで回した。