百拍の無音
地下墓所で、ヴェッカは心臓の音に噛みついていた。
姿はまだ女だったが、耳だけが黒い獣のものになり、壁越しの鼠の鼓動まで聞き分ける。次に人の心臓を食えば完全な猟犬になる。
ソルテは彼女を石棺へ押し込み、自分も中へ入った。手には心止めの棘がある。
呪いを眠らせる条件は、宿主のそばから生者の鼓動を百拍ぶん消すこと。誰かが抱き止め、棘で自分の心臓を止めなければならない。百を数える前に離せば、獣は二人を食う。
「おまえ、数をよく間違えるだろ」
ヴェッカは牙の間から言った。
「だからおまえが数えろ」
ソルテは棘を胸へ刺した。
世界から音が一つ消えた。
ヴェッカの耳が迷う。彼の胸へ顔を寄せても、何も聞こえない。獣の爪が腕を裂いたが、止まった心臓からは血がゆっくりしか出なかった。
「一、二、三……」
石棺の蓋の外で、同行した僧が蘇生薬を握って待っていた。百より前に蓋を開ければ全員が噛み殺されるため、助けることはできない。十を過ぎるころ、ソルテの視界から色が消えた。二十では指先の感覚がなくなり、それでも腕だけはヴェッカを抱く形を崩さなかった。
「二十一、二十二……」
ヴェッカは震えながら数えた。二十で耳が小さくなる。四十で牙が一本抜ける。六十で爪が人の指へ戻った。
八十を越えると、数える声が泣き声になった。
「九十七。九十八。ソルテ、戻って。九十九——」
彼女は百と言えず、棘へ手を伸ばした。ソルテは死にかけた腕でその手首を押さえる。
「百」
ヴェッカが叫んだ。
黒い獣の耳が灰となり、石棺の底へ落ちた。彼女は人の姿で棘を抜き、蘇生薬をソルテの口へ流し込む。
胸が一度だけ大きく跳ねた。
目を開けたソルテを、ヴェッカは泣きながら抱きしめた。
「聞こえる? 私の声」
「聞こえる」
けれど彼の胸は動かなかった。脈を探した指にも何も触れない。それでも青黒い血は、皮膚の下を意思のある蛇のように巡っている。
石棺を出ると、墓所の鼠が一斉に逃げた。
ソルテの耳には、ヴェッカの鼓動が鐘のように響いていた。百拍を終えたはずの獣が、今度は彼の血管の中から、その音へ静かに牙を立てていた。