皆勤賞を休んだ日

宮下澄玲の卒業証書には、左下から右上へ一本の折り目がある。友人の鞄に無理やり入れて運ばれた跡だ。

澄玲は卒業式を休んだ。

三年間、一度も欠席しなかった。熱があっても保健室で横になり、母が早朝勤務の日は弟の湊へ朝食を作ってから登校した。皆勤賞だけが、自分が誰にも迷惑をかけずに生きた証明のようだった。

卒業式の朝、湊が三十九度の熱を出した。母は勤務先で電話に出ず、近所の病院は九時から。湊は「一人で平気」と言ったが、台所へ水を取りに行くだけで壁に肩をぶつけた。

体育館へ向かえば、式には間に合った。

澄玲は制服に着替え、コサージュもつけた。そのまま玄関で十分立っていた。やがてローファーを脱ぎ、弟の額に冷たいタオルを置いた。

午後、チャイムの代わりにインターホンが鳴った。扉を開けると、同級生の皐月が制服姿で立っていた。髪には式でもらった紙の花びらがつき、脇に証書の筒を抱えている。

「先生が、今日中に渡してこいって」

皐月は玄関へ上がらず、筒を差し出した。鞄の中で押されたせいか、証書は少し潰れていた。

澄玲は笑おうとして、泣いた。

「皆勤、なくなった」

「卒業式は授業日じゃないから、記録は皆勤のままだって」

「そういうことじゃなくて」

「分かってる」

皐月は靴を履いたまま、玄関のたたきに座った。

「でも、一日休んだからって、澄玲の三年間は欠席にならないよ」

奥で湊が咳をした。皐月は「お大事に」と大きな声で言い、式でもらった紅白饅頭を一つ置いて帰った。

九年後、澄玲は有給休暇の申請画面を開いていた。発熱も家族の用事もない。ただ、朝から身体が動かず、会社へ行けばいつもどおり笑って働ける自信だけが妙にある。その自信が一番危ないと、今は知っている。休まないことを褒められるたび、自分の限界は自分にしか見えなくなっていた。

理由欄に詳しい説明を書きかけ、消した。

《私用》

証書の折り目を指でなぞる。まっすぐに伸ばしても跡は消えない。けれど、その紙が卒業を無効にしたことは一度もなかった。

澄玲は申請を送信し、制服ではなく部屋着のまま、朝の光が入る窓を開けた。今日を休んでも、これまで働いた日々も、これから進む道も消えない。