盲目の司書と白翼梟の片羽
禁書庫に白翼梟が入り込んだ、と警報鈴が鳴った。
羽を広げれば三間もある知恵の聖獣で、偽りの本を見つけると著者の記憶まで啄むと恐れられている。
司書たちは目を覆って廊下へ逃げた。
「視線を合わせるな! 心を読まれるぞ!」
盲目の整理係ルシオには、その忠告はあまり意味がなかった。
彼が聞いたのは、羽音ではなく、床を擦る片羽の音だった。白翼梟は飛び回っているのではない。右の翼を引きずりながら逃げている。
ルシオは杖で棚の間隔を確かめ、ゆっくり進んだ。
梟が嘴を鳴らす。風が頬を切ったが、彼はその場で止まり、鍵束を床へ置いた。
「本を守りに来たんじゃない。羽を守りに来た」
鼻に甘い蝋の匂いが届く。
昨日、異端審問官たちが禁書を清めるため大量の聖蝋を焚いた。熱い蝋が落ち、梟の風切羽を固めているのだろう。羽ばたけば羽軸が折れる。
ルシオは手桶のぬるま湯へ布を浸し、自分の袖についた蝋を溶かしてみせた。見えなくても、梟が首を傾げた気配は分かった。
やがて、柔らかな何かが彼の手首へ触れる。羽先だった。
「貸してくれるんだね」
ルシオは片羽を膝に受け、蝋の塊を温めた。白い羽を一本ずつ指で確かめ、絡んだところだけをほどく。傷んだ羽軸には薄い木片を添え、糸で緩く固定した。
梟は一度も暴れなかった。代わりに、痛むたび低く「ほう」と鳴いた。ルシオもそのたび「ここだね」と答えた。
蝋がすべて取れると、白翼梟は両翼を静かに開いた。
風は本の頁を一枚だけめくり、隠されていた改竄記録の箇所で止まる。戻ってきた館長が青ざめた。
「その本を閉じろ! 聖獣は捕獲して審問院へ――」
梟は館長を見ず、ルシオの肩へ嘴を寄せた。額と額が触れた瞬間、彼の見えない視界に、白い羽根の印だけが鮮やかに浮かぶ。
契約だった。
白翼梟は床へ座ったルシオの腿に胸を預け、片翼で彼の背を包んだ。
羽毛は音もなく指を呑み込み、書庫の冷気を忘れさせるほど温かい。大きな体の重みと、ゆっくりした鼓動が膝から伝わり、ルシオにはそれだけで、どんな文字より明瞭に「ここにいる」と読めた。