石を引かない境界
戦で領地を失った農民五十家族が、緑丘領へ流れ着いた。
領内には領主家の休耕地がある。だが地元にも畑を持たない次男や奉公人が多く、避難民だけに土地を与えれば争いになる。
若い領主ジョエルは、休耕地を出身ごとに分けなかった。
一人で耕す者には一画、二人以上の組には人数分。ただし一戸が取れる上限は四画。名義だけ借りて地主が囲い込めないよう、耕作者本人が札を引く。希望者は全員、緑丘の住民も避難民も同じ箱から区画札を引く。最初の収穫は種籾と六週間分の食料を残し、それを超えた分の十二分の一だけ用水路と農具へ納める。
「昔から住む者に優先権はないのか」
地主の次男が食い下がった。
「昔から土地を持たなかったあなたにも、同じ一枚があります。私の狩場だった分は、領主家の札を箱へ入れません」
ジョエルがまず自分の優先権を捨てると、箱の中身は皆の前で数えられ、空札がないことまで確かめられた。箱を閉じる封印には、避難民の代表も印を押した。
彼は黙って札を引いた。
隣の区画を引いたのは、避難民の母子だった。
休耕地には、かつて領主の狩場を示した石列が残っていた。ジョエルは撤去を命じなかったが、最初の耕作日に母子が石を動かそうとすると、地主の次男が反対側を持った。
「そこに水路を通すんだろう」
二人で引いても重い。
やがて地元の奉公人、避難民の農夫、粉屋まで加わり、石は一つずつ端へ運ばれた。作業に出られない者の区画も取り上げられない。誰の作業も土地代ではない。耕す者自身が、水を通したかっただけだ。
秋、母子の畑は豆が豊作になり、次男の畑は麦がよく実った。
二人は自家分を量った後、それぞれ十二分の一を共同倉へ運んだ。帳簿には同じ太さの線で記される。
収穫祭の日、かつての境界石は広場に円く並べ直された。
その中央へ、地元の子と避難民の子が一緒に案山子を立てた。
案山子の服は半分が緑丘の縞、半分が失われた領地の青。
けれど足元の札には、ただ一言だけ書かれていた。
『来春の種を守る畑』