砂時計を返さない回答
「砂が落ちきる前に答えろ。時を戻す魔法の代価は何だ」
時律学院の口頭試験で、試験官エルネの前へ青い砂時計を置いた。
いや、エルネが受験生だった。目の前には灰衣の教授。そこまで思い直して、彼は苦笑した。何十年も時間牢に閉じ込められたせいで、肩書きの感覚まで狂っている。
前の人生では、教授が砂時計を返した瞬間に考え始めた。そして「寿命」と答えた。模範解答のはずなのに不合格。実際には砂時計そのものが小さな時間牢で、砂が落ちる一分を何千回も反復させる罠だった。教授は若い時術師の時間を集めていた。
今、青い砂はまだ上にある。
「準備はいいか」
前のエルネは「はい」と答え、砂時計が返るのを待った。
今度は返される前に言う。
「代価は、選ばなかった時間です」
教授の指が止まった。
「まだ計時していない」
「問題はもう出されています。答えるのに、あなたの合図は要りません」
エルネは砂時計を横倒しにした。青い砂は一粒も落ちない。
「規定では砂が落ちきる前に、としかない。落とす義務もありません」
観覧席の教師たちがざわめく。教授は無理に砂時計を起こそうと手を伸ばしたが、エルネは先に底面の封印札を剥いだ。
内側から、幾重もの小さな声が漏れる。
「まだ一分だ」「もう一度」「答えたのに」
前の人生で聞き続けた受験生たちの声。
エルネは青い砂を床へ撒いた。粒の一つ一つが光の人影となり、試験室の時計へ帰っていく。止まっていた秒針が一斉に動き出した。
教授の髪が瞬く間に白くなった。盗んだ年月が持ち主へ戻ったのだ。観覧席では老いていた元受験生の背が伸び、皺が消える。逆に、壁に並ぶ歴代合格者の肖像から教授の名だけが剥がれ落ちた。
「貴様、何をした!」
「答えを実演しました。奪われていた『選ばなかった時間』を返しただけです」
入学判定用の大時計が鐘を鳴らす。前回は一分ごとに同じ不合格を告げた鐘が、今回は一度だけ響いた。
【時律適性:最高位】
観覧席の最古参教師が立ち上がり、初めて別の問いを口にした。
「エルネ君。何年次から編入したい?」