砂窯の白い月
隊商から置き去りにされたタミルへ、砂漠の領主が与えたのは干上がった泉の土地だった。
水袋一つで着いた朝、彼は砂丘の陰に半分埋まった筒形のパン窯を見つけた。内壁は無事だが、入口の縁が崩れ、熱が正面へ逃げてしまう。
今日直すのは、その縁だけにした。
タミルは砂の下から白い石を拾い、粘土質の土と砕いた貝殻を混ぜた。半円の型へ一段ずつ詰め、手のひらで固める。日差しは強く、土は置いたそばから乾いた。急ぎすぎれば割れるので、残り少ない水を指先で少しずつ含ませる。
泉跡に住む砂狐ナジュが、日陰から尾を揺らしていた。
「水を窯に使うなんて、ぜいたくだ」
「だから失敗できない」
乾いた表面を指で叩くと、砂ではなく陶器に近い音がした。水袋にはまだ、二人が飲む一口ずつが残っている。
夕方、白い縁は月のような弧になった。薪代わりの乾いた棘草を入れると、炎は奥へ引かれ、入口から熱風が噴き出さない。
タミルは粉へ山羊乳を少し加え、薄く伸ばした生地を内壁へ貼りつけた。じゅ、と音がして、生地の端が瞬く間に膨らむ。焼けた面に小さな焦げ星が浮かび、甘い香りが砂の冷え始めた空気へ広がった。
一枚を剥がし、白い縁へ置く。割れば中から湯気が上がり、沈む夕日の中で本物の月より先に白く光った。
そこへ隊商長の使いが駱駝で戻ってきた。王都への道で井戸を見失い、タミルの水脈探しの技が必要になったという。
「戻れば分け前を倍にする。置き去りの件も帳消しだ」
差し出された契約書を、タミルは開かなかった。白い縁の上は熱いので、紙を焦がさぬよう脇へ避けた。
「帳消しにするのは、そちらの都合だ」
彼は二枚目の生地を貼った。砂狐の耳が、焼ける音に合わせて動く。
「俺の夕食は、まだ一枚足りない」
砂漠全体を変える水はなかった。それでも一口ぶんの水で直した窯が、今夜のパンをふっくら焼いた。
タミルは熱い一枚をナジュと分けた。置き去りにされた土地で、初めて自分から残ることを選んだ。