砂糖を入れない客
保険調査員と亡くなった客の夫は、どちらも珈琲に砂糖を入れなかった。
港町の喫茶店で常連客が毒死してから一週間後、夫が訪ねてきた。妻が最後に座った席を確かめ、カップを右へ三度回し、何も飲まずに帰った。翌日には保険調査員が現れ、同じ席で事情を聞いた。こちらは眼鏡に口髭、夫より低い声だった。
店主は二人を別人だと断言した。けれど、夫が折った紙ナプキンも調査員が残したものも、角が内側へ二度折られた三角形だった。さらに二人とも、砂糖を断ったあと空のスプーンでカップを三回かき混ぜた。
調査員は夫に多額の保険金が下りると話し、店の従業員が毒を入れた可能性を示した。夫は逆に、妻が保険会社と揉めていたと訴えた。互いに相手を疑わせる証言が、店主の記憶を少しずつ塗り替えていく。
店主は夫に、妻が最後に注文した品を話した。翌日、調査員は聞かれる前からその品の皿を指し、「ここへ毒が入ったのでしょう」と言った。保険会社の資料には注文内容まで記録されていない。夫から聞いたと説明したが、二人は電話でしか連絡していないという。
伝票には、夫の席も調査員の席も、椅子を入口へ斜めに向けた跡が残っていた。鏡に背を向ける座り方だった。顔を変える者にとって、店内でいちばん避けたいのは正面の客ではなく、背後の鏡だった。
私は二人の訪問時刻を確認した。夫は毎回、店の裏口から出た七分後に調査員として表口から入っている。近くの公衆浴場には有料の化粧室があり、裏口からなら三分で着く。
次の面談で、私は店の鏡を調整員の席へ向けた。口髭の接着剤が湯気で緩み、上唇の端が浮いた。外すと、夫と同じ火傷痕が現れた。
鞄には夫名義の保険証券と、調査会社の偽造身分証、二種類の上着が入っていた。妻のカップから出た毒は、彼が砂糖壺へ仕込んだものだった。自分は砂糖を使わないから安全だった。
「調査員を呼んでください」と男はなお言った。
店主は空の向かい席を見た。
砂糖を入れなかった二人は、好みが似ていたのではない。毒の場所を知っていた一人が、夫と調査員の両方を演じていただけだった。