祈れなくなった地下牢

聖女ハルシェラが王立監獄を解任された翌朝、地下牢の囚人たちは全員、同じ声で祈り始めた。

言葉は古い魔王の名だった。

看守長ドロークが扉を開けると、囚人たちの首が一斉にこちらを向いた。鎖につながれたまま笑い、看守の罪を一人ずつ言い当てる。怯えた若い看守が鍵を落とし、それを拾った囚人から憑依が広がった。

剣で傷つけても、治癒してまた立つ。聖水をかければ、囚人ではなく看守の背中に黒い文字が浮かんだ。

監獄付き神官は、牢の敷居にあった白い線が消えていることに気づいた。

ハルシェラは毎晩、囚人を改心させていたのではない。地下に封じられた古い声が、罪悪感の強い人間へ入り込まないよう、牢ごとの境目を清めていた。彼女が囚人と話す姿だけを見て、役人たちは「罪人に情をかける無駄な聖女」と予算削減の対象にした。

昼までに監獄は閉鎖され、重罪人を地上へ移すことになった。だが受け入れる施設はなく、裁判所も役所も警備を増やして業務を止めた。

囚人を地上へ移す護送車でも、古い声は鎖を伝って看守へ移った。三台のうち二台が門を出る前に横転し、残る一台も自ら地下へ戻った。役人は囚人の暴動と報告したが、扉の外で震えていたのは武装した看守の方だった。

地下牢から聞こえる祈りは地上の法廷にまで届き、証言者が次々と口を閉ざした。裁判日程もすべて延期された。

町外れの更生院では、ハルシェラが新しい敷居へ白い線を引いていた。院長ベネアは、元囚人たちが静かに木工をする部屋を見渡す。

「ここでは過去を責める声が夜になると聞こえていた。昨日は誰も暴れなかった」

「本人の後悔と、外から来る声は別です。分けなければ、立ち直ることもできません」

更生院は彼女を監視役ではなく、生活支援官として正式に迎えた。

そこへ監獄長の通信石がけたたましく鳴る。

「戻れ! 罪人を救えとは言わん、看守だけでも守れ!」

ハルシェラは白線の端を結び、石へ答えた。

「王立監獄の敷居浄化契約は、解任辞令の発効時に終了しました」