祖先を眠らせる王冠箱
王宮裏門の向かいに、古道具店〈無言の家系図〉はある。
店主ノエラが貴族の紋章入り家具ばかり買い取るため、「没落屋敷の禿鷹」と陰口を叩く者もいた。だが捨てられる品には、華やかな宮殿より多くの本音が染みついている。
深夜、外套で顔を隠した王太女サフィレが一人で訪れた。
彼女は腕に王冠を抱えていた。戴冠式を翌日に控えたその冠から、歴代王の声が聞こえるという。
『隣国を滅ぼせ』
『税を倍にしろ』
『女王は笑うな』
十二人の祖先が同時に命じるため、自分の考えがどれかさえ分からなくなった。宮廷魔術師は「王家の叡智」と崇め、外すことを許さない。
「声を消す道具をください。明日の朝まででいい」
「王冠を壊す品はありません」
ノエラは棚の下から、虫食いだらけの青い箱を出した。
「これは王冠を休ませる箱です。中へ入れた品が持つ、過去の所有者の声だけを眠らせます」
サフィレが冠を収め、蓋を閉めた。
店内が、雪の朝のように静かになった。
彼女は両手で耳を塞いだまま待ったが、命令は一つも来ない。代わりに、自分の呼吸と、窓を叩く小雨だけが聞こえた。
「怖いほど静かです」
「その静けさで、明日何をするか決めてください。戴冠の直前に冠を取り出せば、声は戻ります」
「戻るの?」
「祖先は消えません。ただし、あなたの考えを先に決めておけば、命令と助言を分けられます」
王太女は店の紙片へ、最初の勅令を自分の手で書いた。凶作地の税を一年免除する。その文字を読み返してから、箱ごと王冠を抱えた。
翌日の夕刻、今度は女王の正装で戻ってきた。
「祖先は全員反対した。でも、私は免税を宣言できた」
戴冠台で十二の声が怒鳴っても、静かな店で聞いた自分の声のほうが明瞭だったという。
彼女は箱の値札分だけでなく、王家の古物保管庫を開く許可証を置いた。
「捨てる前に、あなたに見てもらう。禿鷹ではなく、最後の聞き手として」
ノエラは金印の許可証を売上帳の最初の頁へ挟んだ。
女王が青い箱を抱えて裏門へ戻った直後、二度目のドアベルが静寂を破った。