祝辞の続き

小田巻彬と諏訪部里穂の銀婚式には、成人した娘と息子、親戚、昔からの友人が集まった。

乾杯の直前、里穂はマイクを取った。

「皆さんに報告があります。私は彬さんと別れ、心から愛する人と生きていきます」

会場の後方で、里穂の同級生だという男が立った。二人は手を取り合う。里穂は涙を浮かべ、彬を見た。

「もう子どもも大人です。家には私たちが住むつもり。彬さんは一人だから、小さな部屋で十分でしょう」

ざわめきが起きた。

彬は怒鳴らず、マイクを受け取った。

「二十五年間、ありがとう。祝辞の続きは、娘から」

娘が前へ出た。手には登記事項証明書がある。

「この家は、亡くなった祖母が父へ遺したものです。母の名義は入っていません。先月から父と私たちで改修を進め、祖母の希望どおり、一階を地域の学習室にします」

里穂の顔から涙が消えた。

「そんな話、聞いてない」

「母さんが旅行と言って出かけていた日に、家族で決めたから」

息子も封筒を掲げた。

「父さんの引っ越し先じゃないよ。母さんの荷物を送る先。あなたが契約した、あの人のマンション」

男が里穂の手を離した。

「待ってくれ。うちには住めない。あれは単身者向けだ」

「家を売って広いところを買うって言ったでしょう」

「俺は、君の家になると聞いたから――」

里穂が男を問い詰める間に、彬は席へ戻った。友人たちは妙な顔で拍手を止めている。

娘がもう一枚の紙を読み上げた。

「母さんから父さんへ届いた離婚条件には、『互いの特有財産を請求しない』と書いてあります。母さんの弁護士が作り、母さん自身が署名したものです。父さんはその条件で合意します」

里穂はマイクへ手を伸ばした。

「私は、まだ提出するなんて――」

会場の扉が開き、彬の代理人が入ってきた。腕時計を確認し、スマートフォンの画面を彬へ見せる。

家庭裁判所の受付番号が表示されていた。

「合意書を添付した離婚調停の申立て、受理されました」

彬はマイクを置いた。

乾杯前の静けさの中で、受付番号だけが青く光っていた。