穴あき外套の風

荒磯ハクの隣で、重装騎士が暴風にさらわれた。

《風圧》

吹き飛ばされる距離は、装備防御力と同じ。

《穴あき旅外套》

防御力:0

裁縫失敗品。

世界端の断崖では、嵐の核を止めるレイドが続いていた。防御力一万の盾役は、一度の突風で一万メートル飛ばされる。裸では寒冷ダメージに耐えられない。防御力ゼロでありながら衣服扱いになる穴あき外套だけが、風を受け流した。

「最弱装備で核まで行けるわけがない!」

ハクは返事をせず、裂け目だらけの布を身体へ巻く。突風が来る。外套の穴を風が通り抜け、髪だけが激しく揺れた。足は一歩も動かない。

断崖を進むほど、空気はゲームらしくない音を立てた。轟音の奥に、機械の回転と人の声が混じる。

嵐の核には巨大な停止レバーがある。攻略隊はあれを下ろせば天候イベントが終わると信じていた。

ハクは手をかけ、説明欄を見る。

《外気交換弁》

閉鎖すると、世界内部の空気を循環。

開放すると、外部環境へ接続。

レバーはすでに「閉鎖」側だった。止めるべき嵐ではない。外から空気を送り込む装置が、半分だけ開いている。

ハクは逆へ押した。弁が全開になる。

暴風はさらに強まり、断崖も空も剥がれていく。攻略隊の悲鳴の向こうから、現実世界の救助員の声がはっきり聞こえた。

「接続領域を確認。こちらへ来てください」

穴あき外套は風に逆らわない。ハクは吹き込む外気の中を、その源へ歩いた。

《嵐停止クエスト失敗》

《外気交換弁:全開》

外から吹き込んだ風には、雨と消毒液の匂いがあった。ハクはゲームへ転移する直前、病院の試験室にいたことを思い出す。

強い鎧を着た仲間は風へ背を向けて耐えている。ハクは振り返り、外套の穴へ手を通すよう教えた。防御力をゼロにできなくても、鎧の留め具を外し、風の通り道を作れば飛ばされにくくなる。

最弱装備の攻略は、一人だけが帰る技ではなくなった。

《世界端を開放――暴風は災害ではなく、閉じた世界へ外側が送り続けていた呼吸です》