空いている洗濯機
学生寮の洗濯室では、六台すべてが〈空き〉と表示されていた。
浅羽帆乃が一号機の蓋を開ける。中には濡れたジーンズが残っている。
「また取り出してない」
大垣暁生が管理画面を見た。
「予約は二時間前に終了。システム上は空き」
成瀬葉月が笑う。
「最後まで、人間が仕様どおり動かなかったね」
三人の〈ランドリー・ナウ〉は、寮の洗濯機をスマートフォンで予約し、終了時刻を通知するサービスだった。夜中の順番争いをなくすはずが、予約だけして来ない人、他人の枠を無視する人、通知を切る人が続出した。専用センサーも洗剤で壊れ、寮は契約を更新しなかった。
「アプリが悪いんじゃない」と暁生。
「それ、何回目?」と葉月。
「画面には正しい情報が出てる」
帆乃は濡れたジーンズを籠へ移した。
「正しいけど、役に立たない。洗濯機の中を見ない人にはね」
暁生は家電メーカーへ就職する。
「蓋が開いたら本当に空き、って分かるセンサーを作る」
葉月は寮の管理会社へ入る。
「センサーが嘘をついたら、見に行く人になる」
二人が帆乃を見る。
「私は文化人類学の大学院。共同生活のルールを研究する」
「洗濯室から学問へ?」
「私たち、利用者を『変な使い方をする人』って呼んでた。でも、使い方を決めるのは作った側だけじゃない」
壁には、創業時のポスターが残っていた。〈待たない、争わない、忘れない〉。その下で、誰かの靴下が片方だけ乾燥機の裏に落ちている。
三人はセンサーを外し、機器番号を読み上げ、借用品の箱へ入れた。六号機だけ、ネジが固くて取れない。暁生が工具を替え、葉月が照らし、帆乃が本体を押さえた。最後の一個を外した瞬間、六台の表示が同時に消えた。
「これで、本当に空きか分からなくなる」
「前から分からなかったよ」と帆乃。
退室後、管理人が濡れたジーンズを取りに来た。三人のチャットには〈解散しました〉の通知が流れ、葉月、暁生の順に退出する。
洗濯室では、表示を失った六台が静かに並んでいた。一号機の上の籠だけが空かず、持ち主の来ない服から、床へ一滴ずつ水が落ちていた。