空から見えた車
高級住宅の販売映像を編集する弓削沙都へ、営業担当から夕方までの依頼が来た。海と家を一度に見せるドローン映像を、広告の冒頭へ使いたい。撮り直しは翌週になり、販売開始に間に合わない。
沙都が大画面で確認すると、家の前を通る隣人の車の番号がはっきり読めた。営業担当は「小さいから誰も気づかない」と言ったが、広告は高画質で公開される。停止して拡大すれば、住所と車が結び付く。
この住宅は「人目の少ない静かな立地」を売りにしていた。だからこそ、近隣の生活を広告の材料にしてはいけない。沙都は車だけでなく、通過する前後の窓や門扉も確認した。問題を見つけた箇所だけ見続けると、同じ動きの中にある別の情報を落とすからだ。
番号へモザイクを置き、トラッキングを始める。車は坂を下り、途中で街路樹の葉に隠れた。自動処理は車を見失うと、似た明るさの木の幹へ飛びついた。再生すると、車が消えたあとも幹だけが四角くぼやけ、かえって修正箇所を知らせていた。
沙都は処理を一本で通さなかった。葉に入る直前で追跡を止め、見えない間はモザイク自体を消す。反対側から現れる一枚目に新しい位置を置き、数個のキーフレームで車の加速へ合わせた。番号が斜めになるにつれて、ぼかす形も細く変えた。大きな四角で覆えば簡単だが、車の後ろを歩く子どもの顔まで巻き込む恐れがあった。
営業担当は「家より車を見てる人はいませんよ」と苦笑した。
「見ないことを期待して出す映像は、確認したことになりません」
沙都は通常速度、二倍速、停止画面の三通りで見直した。木の葉は自然に揺れ、車はただ通り過ぎる。番号だけが最後まで読めない。家の白い壁にも不自然なぼけは残らなかった。
公開用データを渡すと、営業担当はようやく頷いた。窓の外では、本物の夕日が映像と同じ角度で海へ落ちていた。
沙都が作業記録へ「近隣車両処理済み」と書いたところで、次の物件の素材が届いた。今度は庭のプールに、撮影者の姿が小さく映っていた。