空を巻く羽蛇の古い首輪

羽蛇神が鐘楼へ巻きついた。

雲を泳ぐ長大な胴が町を三周し、瑠璃色の羽が日を隠す。鐘がひとりでに鳴り続け、人々は世界を締め潰されると思った。

古文書係のリュカは、広場へ散った羽を一枚拾った。

根元に血がついている。

羽蛇神が暴れるたび落ちるのは、古い羽ばかりではなかった。生えたての柔らかな産毛まで、首の一周分だけ千切れている。鐘楼の鐘も神獣が鳴らしているのではない。擦りつけられた金具が、塔の外壁を叩いている音だった。

羽蛇神は鐘楼を壊そうとしているのではなかった。塔の石へ首を擦りつけている。羽の隙間に、古びた金の輪が見えた。

「千年前の奉納具だ」

記録には、幼い羽蛇へ王が首輪を贈ったとある。

成長する神獣の首に、外せない輪をつけたことまでは書かれていなかった。

神官長は「聖遺物を傷つけるな」と命じた。

リュカは初めて記録簿を閉じた。

「聖なる物なら、苦しめてもいいのですか」

裁縫鋏と油を持って鐘楼へ上る。

窓の外には、羽蛇神の片目があった。人ひとりを映せるほど大きい。

「昔の約束を、今のあなたに押しつけない」

リュカが金の輪を指すと、羽蛇神は鐘楼から少しだけ首を離した。

羽をかき分ける。輪は肉へ沈み、下の柔らかな産毛を黒く汚していた。留め具には王家の封印がある。

油で錆を浮かせ、鋏の先で封印糸を一本ずつ切る。

神官長が下から罪人だと叫ぶたび、羽蛇の尾が町を揺らした。だがリュカの手元だけは、不思議なほど風が止んでいた。

留め具が外れ、金輪が塔の床へ落ちる。

輪の内側には、歴代の王名がびっしり刻まれていた。神官長は青ざめたが、リュカはそれを記録棚へ戻す気になれなかった。羽蛇神が尾先で金輪に触れると、文字だけがさらさらと砂になって消える。

羽蛇神は首を伸ばし、雲を突き抜けた。鐘が最後に一度だけ鳴る。町を巻いていた胴がほどけ、人々の頭上へ青空が戻った。

飛び去る直前、羽蛇神は窓へ顔を寄せた。

細い舌でリュカの手首に触れると、羽根形の契約印が淡く浮かぶ。

それから長い顎を窓枠越しに彼の腿へ載せた。瑠璃の羽は見た目より細く、撫でると絹の束のように指を包む。空を一周できる神獣の頭は意外なほど軽く、けれど産毛の奥には、日を浴びた雲の温かさが確かに宿っていた。