空席の夕食装置
食卓へ置く円盤型の装置は、亡くなった人を一度の夕食だけ映し出した。
声も姿も、生前のまま。
ただし装置が動いている間、その人が亡くなった後の出来事は誰も口にできない。
母を早く亡くした家族は、月命日のたびに使った。
父、姉、弟の前へ、母が昔のエプロン姿で座る。
「今日は何があった?」
母が尋ねる。
父は、母が生きていた頃の会社の話しかできない。
姉は子ども時代の学校の話。
弟は昔飼っていた虫の話。
現在の仕事も、姉の結婚も、弟の進学も、口を開くと声にならなかった。
それでも母に会えるだけでよかった。
家族は装置を月に一度から、週に一度、毎晩へ増やした。
食卓の会話は過去ばかりになった。
父は今の職場で困っていることを言えない。
姉は妊娠したことを報告できない。
弟は学校を辞めたいと考えていたが、昔の成績の話しかできない。
母は不思議そうに笑った。
「みんな、全然年を取らない話をするのね」
ある夜、姉が装置を止めようとした。
父が反対した。
「お母さんが寂しがる」
「寂しいのは私たちでしょう」
姉は泣いた。
けれど母の前では、なぜ泣くのか説明できない。
弟が円盤の電源へ手を伸ばした。
「今日、学校を辞めました」
声が出なかった。
装置を切る。
母の姿が消える。
静かになった食卓で、弟はもう一度言った。
「今日、学校を辞めました」
父は立ち上がり、姉は息をのんだ。
三人で夜中まで話した。
弟が何か月も苦しんでいたこと。
父が母に会うため、子どもたちの現在を見ないふりしていたこと。
姉が新しい命を喜びながら、母へ紹介できない悲しさ。
翌月命日、装置は使わなかった。
母の好きだった煮物を作り、姉の子どもの名前を考えた。
母なら何と言うかは、三人それぞれ違った。
それでよかった。
姉の出産後、一度だけ円盤を動かした。
母が食卓に現れる。
赤ん坊を見せようとしても、やはり母には見えない。
亡くなった後の存在だからだ。
姉は装置を切り、赤ん坊を母の空席へ一度だけ座らせた。
「ここにいた人だよ」
写真を見せると、赤ん坊は額へ手を伸ばした。
母に新しい出来事は伝えられない。
それでも母から受け取ったものを、新しい人へ渡すことはできる。
円盤は戸棚へしまった。
家族が母を忘れたからではない。
母のいない時間まで、母と一緒に生きるためだった。