窓口のもう一人

防犯設備会社の針生巴は、閉鎖予定の地下道へ監視カメラを設置する仕事を請けた。図面にはない階段の先に、「窓守駅」という古い駅があった。

現場責任者から送られた注意事項は一つだけだった。

《駅員室の窓に顔があっても、目を合わせてはいけない。カメラ越しでも同じ》

巴は冗談だと思い、ヘルメットカメラを回した。

駅員室は無人だった。勤務表には巴の名が、今夜から三十年先まで毎日記入されている。退勤欄はすべて空白で、最初の行にだけ「交代待ち」と赤い判が押されていた。曇った窓ガラスの向こうに机と制帽が見える。配線を通していると、モニターの顔検出枠が一つ現れた。

窓の奥に男が立っていた。

巴と同じ顔だった。ただし髪は白く、駅員の制服を着ている。男は瞬きもせず、モニター越しに巴を見ていた。

見てはいけないと思った瞬間、人はそこを見てしまう。

巴は一度だけ顔を上げた。ガラス越しに視線が重なった。

男は安堵したように笑い、制帽を脱いだ。モニターが暗転し、現場の照明も消えた。巴が非常灯を頼りに階段を上がると、いつもの地下道へ戻っていた。窓守駅への入口は壁になっている。

撮影データには駅員室が映っていなかった。映像の大半で、巴自身がカメラ正面に立ち、誰かを待つように見つめていた。

午前三時六分、自宅でスマホが鳴った。

《玄関前に見覚えのある人物がいます》

ドアベルカメラの映像には、駅員姿の巴が立っていた。髪はまだ黒い。画面の中の男はレンズをまっすぐ見つめ、制帽を胸に抱えている。

巴は寝室にいる。確認のため自分の頬に触れた。その瞬間、テーブルに置いたスマホが、顔を向けていないのにロック解除された。

登録顔一覧に、新しい項目が増えていた。

《本人 2》

玄関のチャイムが鳴る。

インターホンを取らずにいると、外の巴が業務用の丁寧な口調で言った。

「窓守駅です。交代のお時間になりました」

スマホの勤務管理アプリが起動した。

《針生巴さんは退勤しました》

玄関の鍵が、外側からゆっくり回った。