立ったまま受ける祝福
春の社交季を開く祝福式で、カトリナの前に赤い膝置きが用意された。
古傷のある右膝は、深く曲げると一晩眠れないほど痛む。だが貴族は全員、聖壇と王家へ跪く決まりだった。
近衛長官ザイラスが膝置きを見て、椅子へ替えさせた。
「彼女は立つか座る」
司祭が眉をひそめる。
「跪かなければ祝福を受けられません」
「なら祝福を下げろ」
ザイラスは王都騒乱を一夜で鎮圧した男で、部下の怠慢には言葉すら惜しむ。だがカトリナには、座面が硬くないか確かめ、薄い敷布を三種類見せた。
「どれが楽だ」
「青いものを」
彼はそれだけを椅子へ置いた。
式の後半、司祭が誓約文を読み上げる。
「カトリナ嬢は、未来の長官夫人としてザイラス卿へ従い、社交と家政のすべてを――」
「誓いません」
カトリナの声が聖堂へ響いた。
司祭は文章を止めない。
「夫へ従うことは神聖な務めです」
「私は祝福式に来ただけです。婚約も、服従の誓いも聞いていません」
参列者の視線が集まる。ザイラスとの関係を羨む者ほど、彼女を恩知らずと見る。
司祭は長官へ言った。
「あなたから命じれば、彼女も理解しましょう」
ザイラスは誓約書を取り上げた。
「命じない」
「では社交界への披露が成立しません」
「成立させる必要がない」
彼は服従条項を破り捨て、カトリナへ尋ねる。
「祝福だけ受けるか。それも要らないか」
「健康と仕事への祝福だけなら」
「聞いたな」
司祭が渋ると、ザイラスは自分も跪かず、彼女と同じ高さで立った。
「神の前では平等だという教えは、今日だけ例外か」
聖堂中が沈黙する。
結局、二人は並んで立ったまま短い祝福を受けた。
ザイラスは出口で全参列者へ告げる。
椅子は聖壇の中央ではなく、カトリナが望んだ通路側へ置かれた。大勢の視線を正面から受けるのも苦手だと、ザイラスは覚えている。
「途中で出てもいい」
「祝福の途中でも?」
「おまえの膝と呼吸のほうが先だ」
その会話を、彼は隠さず司祭たちにも聞かせた。
侍女が念のため杖を持たせようとしたが、カトリナは今は要らないと答えた。ザイラスは心配だからと押しつけず、すぐ脇の壁へ立てかける。
「必要になったら自分で取れる」
助けを断る自由まで、助けの一部として守った。
「カトリナは私の未来の妻とも従者とも宣言していない。膝も誓いも、本人が差し出さぬものを私の名で求めるな」