笑ってしまった二枚目
雨谷史佳は、写真を撮られるときだけ、顎の位置を一センチ単位で気にした。笑いすぎない。目を細めない。左右の眉をそろえる。そうして出来上がる顔は、たいてい本人より真面目で、本人より退屈だった。
友人に勧められた趣味の交流アプリも、プロフィール写真が決まらず一か月放置している。恋人が欲しいのか、新しい友人が欲しいのか、自分でもはっきりしない。ただ、休日に誰とも話さず終わるたび、登録途中の画面を開いては閉じた。
学生時代の写真には、友人の肩や食べかけの皿が写り込んでいる。今の史佳が保存するのは、他人に見せても困らない景色ばかりだった。ひとり暮らしが整うほど、誰かが入り込める余白まで片づけてしまったように感じる。けれど「寂しい」と書くほど、自分を説明する勇気もなかった。
駅の古い写真ボックスへ入る。人の少ない深夜なら、撮り直す姿も見られない。椅子の高さを調整し、髪を耳へかける。
機械音声が言った。
「一枚だけ、目を閉じてください」
「証明写真で?」
「一枚だけです」
カウントが始まった。史佳は仕方なく最初の一枚で目を閉じた。次の瞬間、自分でも可笑しくなり、二枚目で吹き出した。三枚目は笑いを止めようとして口元が歪み、四枚目でようやく、いつもの整った顔に戻った。
選択画面に四枚が並ぶ。機械は何も勧めない。画面の隅で選択時間だけが減っていく。史佳は、良い写真を選んでいるのではなく、否定されにくい顔を探していたのだと気づいた。会ったことのない人の反応を先回りするほど、自分の表情は薄くなっていた。
目を閉じた一枚は使えない。整った四枚目なら、誰にも変だと思われない。けれど二枚目の自分は、頬が上がり、片方の目が小さくなっていた。普段の写真より、会ってみたい人に見えた。
史佳は二枚目を選んだ。印刷された写真をスマートフォンで撮り、アプリへ取り込む。自動補正が顔の傾きを直そうとするのを解除した。
紹介文の最後に書いていた〈人見知りですがよろしくお願いします〉から、〈ですが〉以降を消す。代わりに〈知らない喫茶店に入る練習中です〉と書いた。
登録ボタンを押したとき、ボックスの外で終電の発車ベルが鳴った。史佳は目を閉じず、その音を聞いた。