笑顔を最後に置く
子どもの身体から、四本の黒い腕が生えていた。
寝台に縛られたルアナは泣きながら、母親の声と老人の声を交互に出す。腹の上では、憑依した悪魔の顔が皮膚を押し上げ、外へ出る場所を探していた。
祓い手ソルミエは、自分の頬へ四つの墨点を打った。
彼女が契約した仮面の悪魔は、命令を一つ必ず憑依霊に守らせる。その代わり、命じるたび、ソルミエの顔から表情を一つ奪う。感情は残る。だが筋肉が、その感情の形を二度と作れなくなる。
「右腕を戻せ」
黒い腕が一本、ルアナの脇腹へ沈む。
ソルミエの顔から怒りが消えた。眉はもう寄らず、歯を食いしばっても頬は動かない。
「左腕を戻せ」
二本目が消える。恐怖の表情を失い、目を見開くことも震える唇を作ることもできなくなった。
悪魔は子どもの口で笑う。
「次は何を払う。泣く顔か。喜ぶ顔か」
三本目の腕がルアナの首を締める。
「その手を離せ」
命令は実行された。代価にソルミエの泣き顔が奪われる。胸の奥では痛いほど悲しいのに、涙腺は閉じ、口元は平らなままだ。
残る腕は一本。腹から伸び、ルアナの心臓を掴んでいる。引き剥がせば子どもの心臓まで裂ける。悪魔そのものを外へ命じるしかない。
仮面の悪魔が囁く。
――残っているのは笑顔だ。それを渡せば、おまえの顔には何もなくなる。
ルアナが一瞬だけ自分の声を取り戻した。
「先生、怖い」
ソルミエは笑って安心させようとした。まだ笑えた。口角を上げると、子どもの瞳にわずかな光が戻る。
その形を覚えるように、ゆっくり息を吸う。
「その子から出ていけ」
最後の墨点が消えた。
黒い腕が心臓を放し、悪魔の顔がルアナの腹から剥がれる。煙となった憑依霊を、床の仮面が吸い込んだ。子どもの身体は小さく痙攣し、やがて自分の呼吸を始める。
母親が駆け寄り、ルアナを抱いた。部屋に安堵の泣き声が満ちる。
ソルミエも嬉しかった。膝が抜けそうなほど、救えたことが嬉しい。
だが顔は動かなかった。眉も、瞼も、頬も、唇も、薄い皮を張った木の面のように止まっている。
ルアナが寝台から手を伸ばす。
「先生、怒ってるの?」
ソルミエは首を振った。笑おうとした。何度命じても、自分の顔だけは従わない。
鏡に映った女には、表情だけでなく年齢さえなかった。喜びも悲しみも刻まれない顔は、ソルミエという人間より、床に落ちた悪魔の仮面によく似ていた。