終演後の非公開アカウント

榛名は、終演から三十七分、司温からの連絡を待っていた。

五年前から彼の音楽を聴いている。転職に迷った夜も、母と喧嘩した帰り道も、司温の曲をイヤホンで聴いた。本人には言えない生活の断片が、歌詞より多く積もっている。偶然ツアー制作会社へ転職し、今はスタッフとして同じ会場にいる。採用面接では彼の名前を一度も出さず、担当が決まった日には辞退まで考えた。司温は榛名が昔からのファンだと知ってから、何度か食事に誘った。けれど応じれば「近づくために仕事を選んだ人」に見える気がして、好きと言えなかった。

《終わったら連絡する》

その一文を最後に、通知はない。会場閉鎖まで十分。客席の歓声はもうなく、搬出口ではケースを転がす音だけが続いている。ステージで浴びた光を落とした司温は、ただ疲れた一人の男に見えた。榛名が楽屋の忘れ物を確認していると、司温本人が戻ってきた。

「連絡、待ってた?」

「ファンじゃないので」

「質問の答えになってない」

「仕事ですから」

廊下の防火扉が施錠され、二人は小さな楽屋側に取り残された。警備員が来るまで八分。逃げ場のない鏡の前で、司温が笑う。

「ファンじゃないって、二回目」

「今はスタッフです」

「昔の自分を消さないと、俺と話せない?」

榛名の非公開アカウントには、司温の曲を聴いた夜のことが何年分も残っている。好きになった順番を恥じて、本人からのフォロー申請を保留したままだった。

「利用したと思われたくない」

「誰に?」

「みんなに。司温さんにも」

「俺は、知ってる人だから連絡したい」

扉の外で鍵の音がした。

榛名はスマートフォンを開き、三度目を言い直した。

「ファンじゃない、ふりをしてました。好きだった時間を、なかったことにしたくなくて」

扉が開いても、先に廊下へ出なかった。保留中のフォロー申請を承認し、自分からも司温をフォローする。

その夜初めて届いた私用のメッセージに、榛名は仕事用ではないアカウントから既読をつけた。