終点で起こして

「終点で起こして」

鳥越史乃は、生方圭の肩へ頭を預けるたびそう言った。

残業帰りの終電。史乃の駅は圭より六つ手前なのに、眠るといつも彼の肩から離れられない。圭は史乃の駅で必ず起こし、自分はその先へ帰る。二人の関係も同じだった。近づいても、決められた駅で降りれば壊れない。

来週から圭は郊外の新拠点へ異動し、住まいも終点の先へ移す。路線が変われば、肩を借りる夜も終わる。

最後の終電で、史乃は眠れなかった。圭はいつも通り窓側に座り、肩を少し傾けて待っている。

「今日は寝ないの?」

「寝たら、すぐ着くから」

車内放送が史乃の駅を告げる。圭が立ち上がり、荷物を持とうとした。史乃はその袖をつかむ。

「降りない」

「終点まで行ったら、戻れないよ」

「今日は終点で起こして」

史乃は定期券ではなく、圭の新居近くのホテル予約画面を見せた。翌朝、二人で新しい通勤経路を確かめるために取った部屋だ。さらに日曜の予定には、圭の部屋で家具を組み立てる約束を入れてある。

「友達の異動に、そこまでする?」

「友達だからしてたことを、今日でやめたい」

史乃は圭の手を取り、自分の膝の上へ置いた。電車が史乃の駅を出ても、今度は圭が離さなかった。

「史乃」

初めて名字を外した声が、夜の車内に小さく響く。史乃も「圭」と呼び、彼の肩へ頭を戻した。

終点に着くまで二人とも眠らなかった。降りたホームで圭はホテルまで送ると言い、翌朝七時の待ち合わせを登録する。

終点の自販機で、圭は温かいココアを二本買った。史乃は片方を受け取り、新しい路線の始発時刻を一緒に調べる。これまで彼に起こしてもらうばかりだったから、翌朝は史乃がホテルから圭へ電話する約束をした。支える役目まで、二人で交代できる。

史乃はココアの缶で冷えた頬を温めながら、朝一番に呼ぶ名前を心の中で練習した。

「終点で起こして」

眠るためのお願いだった台詞は、その夜、決められた途中駅で関係を終わらせないための選択になった。