緑旗まで走れ

竜脈原の子どもは、魔獣の角笛を遊びの音だと思っていた。

大人は放牧中の避難手順を知っている。だが学校では読み書きばかりで、赤旗が上がった時にどこへ逃げるかを教えなかった。去年、幼い兄妹が納屋へ隠れ、そこを牙猪に壊された。

守備隊長ティグは、武器を配る代わりに週一回の「逃げる授業」を作った。

「子どもに戦わせない。生き残る道だけを覚えさせる」

費用は家畜税を組み直した。山羊十頭、牛五頭までは無税。それを超えた群れ一頭につき銅貨一枚。集めた金で避難路の標識、角笛、地下室の扉を直し、残額まで学校前へ公開する。隊長所有の軍馬も頭数に入れた。

大牧場主は「自分の群れを守る金ではない」と反発した。ティグは、逃げ遅れた子を捜すために牧童も兵も持ち場を離れれば、全ての群れが危うくなると答えた。翌朝、その牧場主の娘が緑布を抱えて学校へ来た。

「安全な場所の旗、赤より見やすい色にしたい」

母親たちは小さな子の歩幅で避難路を測り、石工は角を丸くした階段を作った。猟師は魔獣役になり、わざと遠回りして子どもを追った。失敗しても罰はない。戻って原因を話し、標識の位置を変える。

避難路の地図は大人が完成させなかった。子どもが走り、ぬかるみや狭い柵へ黄色い印を付けた。幼児を背負った年長者の時間も測る。最短より、全員が通れる道を採用した結果、牧場主の私道を開ける必要が生じた。彼はしばらく黙り、翌朝、自分で門の鍵を外した。

三回目の訓練の日、本物の角笛が鳴った。

丘の向こうから牙猪の群れが降りる。教師が声を失うより早く、年長の少女が赤旗を確認し、幼児の手を取った。全員が畑を横切らず、石標に沿って地下室へ入る。最後の扉が閉まった時、兵は一人も捜索へ割かずに済んだ。

地下室では泣く子へ別の子が水を渡し、教師は出席ではなく人数だけを何度も確かめた。一人も欠けていないという数字が、その日の満点だった。

群れが去り、扉が開く。

校庭の赤旗は下ろされ、少女自身の手で緑旗が上がった。そこに白い文字で、新しい校則が縫われていた。

『逃げ切った者が、今日の一番』