縫い目を表に出す

開演二十五分前、主演のドレスが背中から裂けた。

衣裳部の樋口絹世は、修繕は見えなくてこそ仕事だと思っている。大庭莉世は、直した跡も衣裳の時間になると言う。二人は同じ針山を使いながら、縫い目の美しさについて一度も合意したことがない。

絹世は細い糸を通そうとした。けれど右手の人差し指には、朝から包帯が巻かれていた。前週の公演で腱を痛め、医師から休ませるよう言われている。

「私が縫う」

「あなたの粗い針目じゃ照明で見える」

「見えても落ちなければいい」

「衣裳は落ちないだけじゃ駄目」

莉世は大きな針を取り、絹世は奪った。包帯の下で痛みが走り、針が床へ落ちた。

舞台監督が残り十五分と告げる。裂け目は長く、完全に隠すには時間が足りない。莉世は衣裳箱から、同じ色の細いリボンを出した。

「表からかがる」

「傷を飾るみたいになる」

「傷を隠して指を壊すよりいい」

絹世はしばらく裂け目を見た。やがて左側の布を持ち、莉世が右側を重ねた。二人はドレスを挟んで座り、莉世が針を通すたび、絹世が糸を引いた。ひとりでは歪むリボンが、二人の手の間で真っすぐ並んだ。

開演三分前、背中には細い梯子のような縫い目ができた。主演は鏡を見て、「こっちのほうが好き」と言った。絹世は褒め言葉として受け取らず、莉世も勝った顔をしなかった。

幕が上がってから、莉世は舞台袖に残り、絹世は客席モニターで縫い目の動きを見た。強い照明でもリボンはほどけなかった。絹世は修繕記録に「応急処置」と書き、莉世は「意匠として再検討」と追記した。どちらかの考えだけを正解にせず、次の判断を次の担当者へ渡すためだった。

終演後、絹世は正式に休養届を出した。莉世は代わりに全部縫うとは言わず、翌日の担当表を半分に分けた。

衣裳箱へドレスを戻すとき、二人は裂け目の両端を持った。表に出た縫い目は、照明の名残のように光っていた。絹世は左手で蓋を閉め、莉世は針を数え直した。休む人の分まで無理に背負わず、残す仕事だけを二人で整えた。