聖女は湯守の暖簾を縫う

奇跡が弱くなったとして神殿を追われた聖女オルフェには、呪われたと噂される温泉地が与えられた。

村人は誰も近づかない。湯小屋の入口には破れた布が垂れ、風が吹くたび不吉な影のように揺れている。

オルフェが湯へ指を入れると、《微光》が淡く灯った。

毒も呪いもない。ただ鉄分が多く、赤く見えるだけだ。

「まず、怖くない入口にしましょう」

彼女は最初の仕事を、暖簾一枚に決めた。

旅用の厚い外套を半分に切り、破れた布の丈夫な部分と縫い合わせる。

その外套は、聖女任命の日に母がくれたものだった。神殿の地位を失っても、雨風から守ってくれた布の役目は終わっていない。今度は入口に掛かり、知らない誰かの不安を少しだけ隠す。オルフェは擦り切れた青い部分を表へ出し、赤い湯に似合う形へ裁った。金糸はないので、荷造り紐をほぐして使った。中央には神殿の紋章ではなく、大きく丸い「湯」の印を縫う。

指先を何度も刺した。けれど奇跡で傷を消さず、最後まで自分の手で縫った。

夕方、暖簾を入口へ掛ける。針目は少し曲がっていたが、破れ目はどこにもない。湯気を吸った青い布は色を濃くし、冷たい入口を柔らかな境目へ変えた。

風を受けて布がふくらみ、丸い印が湯気の中に浮かんだ。破れた影はもうなく、向こうには赤茶色の湯面が静かに光っている。

物陰から見ていた村の少女が、おそるおそる出てきた。

「入っても、石にならない?」

「石になったら、私が隣に座ります」

少女は笑い、二人で足だけ湯へ入れた。鉄の匂いと、濡れた木の匂い。冷えた指が赤く戻る。

湯小屋の炉では粟粥が煮え、干し杏が甘い香りを立てていた。

そこへ神殿の白鳩が、聖女帰還の命令書を運んできた。

オルフェは封を切らず、裁縫箱の下へ置く。

「神殿へ戻らないの?」

少女の問いに、彼女は粟粥を二つに分けた。

「今は、湯守の仕事を始めたばかりですから」

暖簾がもう一度、ふわりと揺れた。その向こうにあるのは呪いではなく、誰でも入れる温かな場所だった。