肌にやさしいテープ
姉の阿沙は、母の介護をすべてスマート化した。
廊下には人感センサー、椅子には離席通知、薬箱には開閉記録。私は遠方からアプリを見るだけで母の安全が分かり、姉の負担を減らす技術に感心していた。
母の手首には、肌にやさしい医療用テープで小さな発信器が留めてあった。剥がすと迷子になるから、と姉は毎朝巻き直す。母は立ち上がる前に「動いていい?」と聞く。転倒を恐れて慎重になったのだと思った。
もう一つ気になったのは、浴室にもセンサーがあるのに、入浴記録が週一回しかつかないことだった。阿沙は、母が風呂嫌いになったと言った。画面の数字は正確だから、私は母の「寒い」という電話を病気の愚痴として聞き流した。アプリには姉から〈許可〉〈待機〉の二つのボタンが届き、私はゲームのように処理した。母が夜中に三度立つと、翌朝阿沙へ『今日は厳しくしていいかも』と送ったこともある。
久しぶりに帰省した夜、通知音で目が覚めた。母が椅子を離れた瞬間、居間の照明と暖房が同時に切れた。
阿沙は寝室からスマートフォンを操作し、「勝手に動くと危ないって覚えてもらうの」と言った。トイレへ行く時はアプリで許可を求めさせ、返事が遅い日は母が諦めるまで暗い部屋に置く。入浴も、失敗のなかった週だけの褒美だった。
「拘束してない。見守ってるだけ」
姉は手を触れていないことを誇った。テープの下には赤くただれた皮膚があり、発信器を外そうとした爪跡が残っていた。
私はアプリを共有していた。何度も〈離席〉の通知を見て、姉へ「またお母さん困らせてるね」と送っていた。加害者は姉だけだと言い切れなかった。
翌朝、地域包括支援センターへ連絡した。職員が来る前、阿沙はシステムの履歴を初期化しようとした。けれど停電時のバックアップには、暖房を切った時刻も、母の許可申請を無視した回数も残っていた。
母は保護先で、最初の夜に一人でトイレへ行ったという。
家に残ったセンサーの電池が切れた時だけ、母はいつも床を這って、その下を通っていた。